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Kamihira_log at 10636

みえないものを、みる視点。

防犯装置としての隣人

オブザベーション

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この記事をお読みのみなさんに質問です。あなたは、日本の都市部のスタバでパソコンを広げて、たくさんのメールに返事してる最中に、ふとトイレに行きたくなったとします。さて、このような状況になった時、どうしますか?

 

1)そのまま放置して行く

2)怖いのでノートパソコンをトイレまで持って行く

3)隣の人に「パソコンを見ててもらえますか」とお願いする

 

日本人だと1)が多そうな気がするが、もちろんそんなことをしていると他の国では速攻で盗難されてしまうだろう。安全な日本でも盗まれないとは限らない。海外で日本人が盗難に遭いやすいのはそういう環境に慣れて気がゆるんでいるからでもある。かといって、2)もなかなか面倒くさい。そもそもトイレまで持って行ったとして一体パソコンはどこにおかれるのか。

 

デンマーク図書館では、みんな3)の手段をとっていた。前の人や隣の人に監視をお願いしてから、席を立つのである。地元の人から頼まれて戻ってきてお礼いってくれるのは、ちょっと信用されている気がして嬉しかったことを覚えている。話によるとイギリスでもみんなそうしているらしい。

 

というわけで、僕はノートパソコン(もっと正確に言うと中身の情報)が心配だったので、3)を試してみることにした。同じようにパソコンで作業していた隣のビジネスマンは急に話しかけられて心底びっくりした顔だったが、お願いを聞くと、快く「いいですよ」と言ってくれた。面白かったのが、それをきっかけに軽いやりとりが始まったことだ。日本ではカフェで他人同士が会話することは極めて珍しい。そして30分ほど経って先に向こうが去るときには「じゃ」と笑顔で別れの挨拶してくれた。

 

こういう時、我々の発想では、「他人には決して迷惑をかけてはならない」という社会通念がまっさきに発動されるし、そうでなくても「パソコンは心配だけど声をかけにくい」という理由もあったりして、解決策としては人が関わる必要のないデバイスとかアプリで人工物をつくる方向に行ってしまうような気がする。でも、こういう時に隣の人という(適当な?)リソースを使うという方向もあったりするわけだ。

 

実際に試してみたら、見知らぬ隣人は快く協力してくれたし、それをきっかけに会話が起こり、カフェらしい一期一会の交流があった。我々は他人との干渉を避けるあまり、他人にお願いする先にそういうことが起こることをほとんど知らないのではないか、という気がしないでもない。