Kamihira_log at 10636

みえないものを、みる視点。

「上平少年、デザインに目覚める」の巻

 年末に実家に帰った時に、子供の頃のネタで大学でコントやったよという報告を母親と兄にしたら、さすがに40年も前のことなので、すっかり忘れているようだった。言われた方は覚えていても言ったほうはきれいに忘れる、というのはそんなものかもしれない。ということで、思い出してもらうために台本を掲載してみる。

 

以前掲載した「情キャリでコント」5本のうち、最初のものです。

着席している学生がいきなり立ち上がって参加するという仕込み付き。

 

__________

 

#1「上平少年、デザインに目覚める」の巻

ナレーション=熊崎さん

兄=川上くん

母=鈴木さん

 

 

ナレーション(ここは1980年頃の鹿児島県阿久根市―。上平君の自宅にて、とある休日のこと)

 

崇仁「兄ちゃん!兄ちゃん!」(ドンドン、ドンドンと扉を叩く)

兄(川上)「なんだよ、崇仁」(席からやってくる)

上平「あ、兄ちゃん、北関東のヤンキーにしか見えないけど、鹿児島でいつも一緒にあそんでくれた2つ上の優秀な兄ちゃん」

兄「家の中で誰に解説してるんだよ!」

崇仁「まあいいや、えーと今扉に鍵かかってるんだ、鍵開けてよ」

兄「おお、そうか、って見えてるんじゃなかったんかい!」(鍵を開けてドアを開ける仕草)

崇仁「ありがとう、入れた」

兄「お前、オヤジの工作道具持ち出して、何してるんだ?」

崇仁「いや−、この鍵、外から開けられないじゃないか」

 

ナレーション(ちなみに上平家の勝手口の鍵は、「あおりどめ」と呼ばれるこんな

古風な鍵が付いていました。)#スライドは、鍵の画像

 

兄「そうだよね、こんな家泥棒は入らないだろうけど・・・かといって開けっ放しにすると、ネコのヤスが入って来るし」

崇仁「閉めたら閉めたらで、今みたいに扉叩いて誰か中から呼ばなきゃいけないしね。それをなんとかしようってことさ、さ、プロトタイプができたよ」

兄「お前小学生のくせにプロトタイプって言葉知ってるのかよ」

崇仁「いや知らんけど。というわけで外から、この紐を、ゆーっくり引くと・・・ほら、カチャッと」

兄「おお、開いた!スゲー!」

崇仁「兄ちゃん、兄ちゃん! 俺が中で鍵締めて三角座りして待ってるから、外から鍵開けてみてくれない?」

兄「ああ、いいよ」

(座ってドキドキして待つ上平。紐を引っ張る兄)

カチャと開く鍵 #スライドは、鍵が開く画像

崇仁「いやったぁ!!!超、嬉しい!
この喜びを誰に・・・母ちゃん!母ちゃん!」

 

母(鈴木)はーい、(席で返事して教卓にくる)

「なんだい、崇仁」

兄「崇仁が、外側から鍵開けられるようにしたよ」

母「おー、そうなの。ふむふむ、で、この紐が通っている穴はどうしたの」

崇仁「え、ここ?ここは父ちゃんの工具箱からキリ持ってきて、一生懸命穴開けた」

(おどろく母、兄)

母「ドアのこんな目立つところに穴開けて・・・まったくお前は・・・!」

母、思い切り平手打ちすると見せかけて、頭を撫でる。

崇仁「ごめんなさい」身をすくめる

母「いいのよ!こんなドアの傷ぐらい。いずれお前達も家を出て行くんだし。それよりも、生活の中の不便なことを、たった一つ穴を開けるだけで変えられるって、それを思い付いてやれるのが、頭が柔らかいって事だよ。お前は兄弟より頭は悪いけど、きっとクリエイティブなことを考える才能があるよ!」

崇仁「ありがとう、母ちゃん!」

 

ナレーション(そうして素直な上平少年は、いろんなものを発明したりすることに夢中な少年になったのでした。こんな風に、いつも叱らず挑戦することを褒めてくれた母親のおかげでしょう)

 

(完)

 

 

kmhr.hatenablog.com

 

 

2019年の終わりに

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2019.9.5 札幌円山動物園にて・・・札幌市立大福田研/東海大富田研/専修大上平研合同ワークショップより

 

・ 今年も早かった・・・. 今年の空き時間は基本的に全部単著に捧げた。もう20万字も書いたので、この苦労が報われるといいのだけど、なにやら不穏な雰囲気が。でも書いているうちに自分でもやもやしていたことが言語化できし、何人かに読んでもらってコメントもらったので、なんだかもう満足してしまった。春休みの間にさっさと終わらせたいところ。

 

・そして単著と同時に、大学生向けの「シン・デザインの教科書」(多摩美の矢野先生と中村先生とのプロジェクト)、中高生向け読み物の「デザインなぞなぞ」(某ライティング事務所とのコラボ)2冊を進行中。両方とも思い入れがあるのでとても楽しいのだけど、なかなか大変だ。

 

・共著で書いた、とても実験的な論文をParticipatory Design Conference2020(参加型デザイン会議)に投稿。最近の関心ごとでもある、More than Humanとの協働をめぐる論考である。共著者たちの、これまでの科学的な論文の書き方に挑戦するような、新しい執筆スタイルを模索する姿は、とても勉強になった。おそらく採択で、参加できることになりそう。コロンビアで開催ということで初南米楽しみ。

 

・このブログの有料版(年8000円強)の赤を解消すべく、google adsenseに挑戦してみたが・・・(当たり前だが)実に儲からない。無料版から広告を消すために有料版にしたはずが、手動で再び広告を貼る。僕は何をやっているんだろう。

 

・そろそろ本年度も終わりだが、だんだん2020年度の学生たちとの活動が動き始めた。元気な学生たちと一緒に考えることができるのは嬉しいこと。今年も挑戦していきたい。

 

・その前に、小さなお知らせ。

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本年度、上平研究室の学生たちが学内でグループ展を開催します。


みなさま、来年もどうぞよろしくお願い申し上げます!
 

 

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2019年の活動


■研究

1月)紀要論文「高等学校における情報デザイン教育のための冊子制作」専修大学情報科学研究所所報,93,1-8 (2019-01-31) 

 

3月)作品論文「Designing Ours『自分たち事』をデザインする」出版プロジェクト 永井 由美子, 江口 晋太朗, 上平 崇仁, 鹿内 麻梨子, 富田 誠, 富田 真弓
2018 年 24 巻 1 号 p. 1_68-1_73
 

7月)学会発表「多角的な「問い」を生成するためのロールプレイイング型発想ツールの提案」 鈴木モカ、上平崇仁 第66回日本デザイン学会全国大会 名古屋市立大

 

9月)「当事者」をとらえるパースペクティブー3つのデザインアプローチの比較考察を通して デザイン学研究「共創・当事者デザイン」特集号 第26巻2号 100号 pp34-39

安岡美佳、上平崇仁 他:企画テーマ討論会「共創/当事者デザイン」 デザイン学研究「共創/当事者デザイン」特集号 第26巻2号 100号 pp6-25

11月) 上平崇仁「全方位の環境形成に挑み続けた創造者の信念ー映画「マックス・ビル絶対的な眼」によせて バウハウス映画祭パンフレットへの寄稿

 


■講演・トークなど

2月)産業技術大学院大学人間中心デザインプログラム「デザイン態度論2019」

3月)「ビジネス」×「デザイン」の可能性 
専修大学経営研究所・情報科学研究所合同研究会

6月)「デ=デザインを考えてみよう」はこだて未来大ヒューマンインタフェースでの特別講演

7月)「マイ・キャリア」専修大学情報キャリアデザインでの講演

11月)Xデザイン学校公開講座「デザインの学びにおけるデザイン人類学の可能性」武蔵野美術大学デザインラウンジ

12月)バウハウス映画祭「マックス・ビル絶対的な眼」トークイベント登壇(藤崎圭一郎×上平崇仁)

12月)「デザイン教育における真正性とは」VIVIVITクリエイティブ教育セミナーBiblio vol.2 株式会社ビビビットオフィス 27階 セミナールーム

 

■イベント企画

1月)フィールドミュージアム展2019 かわさき宙と緑の科学館

6月)トークイベント「バウハウス100周年記念事業とワイマールバウハウスミュージアム」株式会社ビズリーチ

11月)トークイベント「政策をデザインする」インターナショナルデザインリエゾンセンター(東京ミッドタウンデザインハブ)

 


■委員など

WIT Award 2019審査委員

国際会議4D conference 実行委員

 

バウハウス映画祭「マックス・ビルー絶対的な視点」トークショー&コラム執筆

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1)経緯

今年はバウハウスが設立されて100年ということで、世界各国でそれを記念したイベントが開催されている。日本でもバウハウス映画祭が企画され、「マックス・ビルー絶対的な視点」が上映作品の一つとしてチョイスされている。去年出会ったスイス人のエーリッヒが撮影したドキュメンタリー映画だ。その時の経緯はこちらのエントリで書いた。

kmhr.hatenablog.com

今回の映画祭にあたって僕に声がかかった理由は、たぶんエーリッヒが推薦してくれたんだろうと思う。エーリッヒと約束した通り、ちょっとだけ協力したという記録を残しておきたい。

 

2)アフター・トークショーに出演。

12/1の上映後、東京芸大デザイン科教授の藤崎圭一郎先生と対談。藤崎先生は日本で数少ないデザイン評論家で、デザインを言葉にすることにかけては天下一品の鋭い視点を持っておられる方だ。配給会社の方に「誰と対談したい?」と聞かれて僕から先生を指名させていただいた結果、快諾してくださり、無事に実施することができた。

 映画の日ということもあって、こんなマニアな映画なのに、会場はほぼ満席。来場者の皆さんが満足できるお話になったかはわからないけれども、少なくとも僕は準備とアフターアフタートーク含めて藤崎先生とたくさんお話できてとても楽しかった。

 

3)パンフレットに寄稿。

今回の映画祭にあわせて、立派なパンフレットが作成された。そのコンテンツとして「マックス・ビルー絶対的な視点」について長文コラムを寄稿した。5000字程度ということでそのくらいで書いたら、実際にパンフ見てみると、だいぶスペース空いていて、削らないでもっと書けばよかった。あと一部文章の繋がりがおかしいところを発見した。悔しい・・・。

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せっかくなので転載しておきます。興味ある人どうぞ。

なお、僕の文章はタダみたいなものですが、他の執筆陣は、深川雅文氏(巡回展「来たれ!バウハウス」監修者)、五十嵐太郎氏(建築批評家)、池田祐子氏(京都国立近代美術館学芸課長)、藤村龍至氏(建築家)、光嶋裕介氏(建築家)となっていて、全体を読んで理解が深まるパンフになっていると思います。

 

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「全方位の環境形成に挑み続けた信念の理由」

上平 崇仁 Takahito KAMIHIRA

 

 

 本映画で初めてマックス・ビルを知った人にとって、「ビルが日本で神格化されている」という作中の日本人の証言はにわかには信じられない話だろう。しかしながら、それほど過言でもない。向井周太朗氏や森典彦氏をはじめ、ウルム造形大学に学んだ日本の若者達は帰国後に大学で教壇に立った。80~90年代の頃、それらの人々を通してデザインの教えを受容し、憧れをかき立てられた筆者らの世代は、ビルの名前を綺羅星のようなバウハウスのマイスターらと同じように近代デザイン史における伝説的な人物として受けとめたからである。

 

 ビルは、次元にとらわれない数多くの美しい作品を制作しただけでなく、バウハウスとウルム造形大学という歴史上重要なデザイン学校に橋を渡した。その後も名門美大で教鞭を取り、造形に関する論考を記した。加えて政治家として国会議員まで務めるという、わたしたちを取りまく環境をあらゆる方面から創造し続けた人だった。そして何よりも多彩かつ一貫した活動を通じて、バウハウス以来の芸術と技術を統合するというテーゼにひとつの答えを出した人であった[1]。そんな人がビル以外にいようか。確かに、目の前に実際に現れて触ることができるような存在では無かったのである。

 

 本映画「マックス・ビルー絶対的な視点」は、そんなビルの生涯を追った貴重なドキュメンタリーである。ビルの作品が周囲の環境や見る角度によってさまざまな姿をみせるように、不世出の巨人であるビル自身も、激動する時代の渦中でさまざまなアーティストたちとの関わり合いを通して学び、成長していったことが示されている。とは言え、歴史は誰かによって語られなければ存在しないし、記録されなければやがて語りも蒸発してしまう。

 

 ビルの人生最大の幸運は、本作の語り部であるアンゲラという40才年下の伴侶を得たことだろう。晩年のビルとプライベートを共にした彼女の視点を中心にビルの人柄が描き出され、また美術史家としての彼女の専門性によって、作品資料や記録映像は丹念にアーカイブ化され、的確な言葉で解説されていく。アンゲラは未亡人となった後、本作の監督であるエーリヒ・シュミットと出会い、結婚した。そうして、ビルの資料や映像はエーリヒの手によって伝記映画として結実することとなった。この映画は監督の成果だけでなく、生涯をビル研究に捧げ発信し続けてきたアンゲラの仕事の集大成でもある[2]。それゆえ本作はアンゲラに捧げられている。

 

 映画内で取り上げられているように、ビルは多くの造形作品を残した。欧州だけでなく、その中のいくつかは現在の日本においても接することができる。代表的なものとして、箱根彫刻の森美術館に常設されている「パビリオン・スカルプチャー」や、今も販売されつづけているユンハンス社の時計シリーズが挙げられる。いずれも時代を超越した簡素な造形美を持ち、人々に長く愛されているものばかりである。しかし、ビルが逝去していつの間にか四半世紀が過ぎ、今となっては若い世代がビルの名前を知る機会も減ってしまった。そんな中で、いまこの映画祭における機会を通してビルの仕事を再考することには、単に歴史を回顧するだけではない重要な意味があることを指摘しておきたい。

 

 それは、ビルによって見出された創造における数学的思考は、極めて現代的なテーマでもある、ということである。近代デザインは産業革命期の工業化する生産手段に反応して産声を上げた。そして今日では猛スピードで世界中を駆け巡る情報環境に反応するかたちで、さらに進んだ思想を必要とするようになっている。デザインとテクノロジーの融合する領域の先駆者として知られるジョン・マエダ(Publicis Sapient CXO)は、そんな状況においてデザインの主要フィールドが変わりつつあると問題提起し、これまでの近代デザインの流れを汲む領域を「クラシカル(古典的な)デザイン」と呼び、対照的な領域として「コンピュテーショナル(計算論的な)デザイン」を位置づける[3]。コンピュテーショナルデザインは、これまでのような造形素材から離れ、操作することには明確な終わりもない。デザインのパワーはテクノロジーと一体化して増幅され、アルゴリズムとして大規模かつリアルタイムに世界を繋げて動作していく。マエダは、これからのデザイナーは、そんないっそう抽象化していくデザインの考え方をよく解釈していかなければならない、とする。

 

 そのデザインにおけるアルゴリズムの重要性をいち早く予見したのが、本作にも登場しているカール・ゲルストナー[4]であり、彼に影響を与えたのがビルだった。ビルは言う。「音楽はリズム、音、振動、組み合わせによって構成される。振動と音は数学的な区切りによって互いに結びつけられる。これで気づいたんだ。絵でも彫刻でも数学に戻らなければいけない」。この言葉を具現化している初期の重要な作品「1つのテーマによる15のバリエーション」(1935-1938)は、造形要素のコンビネーションによる数学的規則性をベースに変化する画面の律動を探求した連作である(ご存じない方は、是非上記タイトルを手元の端末で画像検索してみて欲しい)。

 

 ビルは螺旋状に配置された多角形にルールを設けながら、その制約を逆に発想源とすることを試み、図法的な論理と人間の直感の相互作用の中に美を見出した。さまざまな姿に展開されるアルゴリズムとその働きによって具体化されていくプロセスこそを、いち早く芸術の主題としたのである。現象の背後にあるビルの軽やかな思考は、まさしく計算論的なデザインの源流でもある。

 

 ビルは、そうして創造の起点に数学的思考を用いながらも、目的として「美」を生み出す姿勢には徹底的にこだわる。しかしながら美は主観的な経験でもあるため、しばしば論争を生んでしまう。ビルが作中で苦しそうに述懐するウルム離校の契機となったのも、主にそれを巡るものだった。

 

 ビル排斥を主導したトーマス・マルドナードは、産業社会の課題が高度化していく中では美的側面はデザイナーが考慮すべき数多くの側面の一つにすぎず、デザインの解も直感や経験値に頼るのではなく「科学的に操作」すべきであるとした。それに対してビルは、科学の有用性は認めつつも芸術を通した豊かな経験によって育まれる美的側面こそが重要であり、芸術を軽視するならば造形大学の意味すら見失う、と反論した。そして、今では機械が計算処理などの単調な仕事を引き受けてくれるのだから、我々は創造の仕事に注力すべきだとし、本当に必要なのは「美学の議論」であり、「様々な芸術」であり、「様々な芸術を日常生活に組み込む仕事」だと主張する[5]。だが、そうした信念は合理的なデザインのありかたを求めた一派には受け入れられることはなかった。

 

 ビルが立たされた岐路は、半世紀が過ぎた今の時代にも同じ様相を見せる。急速に変化し、複雑化し続ける社会の中でのデザインの基礎的能力の考え方。そして急速に進化するAIに対して残される人間の役割。それらによって照らし出されるジレンマは、今後の私たちに対しても同じ問いを突きつけるようである。最後には創造が残ると主張し、実際に社会の全方位にわたる創造に挑戦し続けたビルの信念は、いまだからこそ重い。

 

 

参考文献

[1]向井周太朗 現代デザイン理論のエッセンス―歴史的展望と今日の課題 ぺりかん社 1971

[2] Thomas Angela. Max Bill: No Beginning, No End, Scheidegger and Spiess 2018

[3]John Maeda: Design in tech Report https://designintech.report/

[4] Karl Gerstner:  Designing Programmes: Programme As Typeface, Typography, Picture, Method 1964

[5]高安啓介「マックス・ビルバウハウス待兼山論叢 芸術学篇 51 P.1-17 2017

 

 

 

 

 

デザインの学びからみた「デザイン人類学」の可能性

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11月8日(土)、武蔵野美術大学デザインラウンジにて開催された、Xデザイン学校公開講座エスノグラフィーとデザインを考える」にて登壇の機会をいただいた。社会人向けデザインスクールのXデザイン学校にはここ数年、あまり世の中で語られてないことについて投げかける「変化球担当」としてお声がけいただいている。そんな暴投まがいの僕の球を、校長の山崎先生をはじめ一般のみなさんも大変熱心に聞いてくださるので、僕としても貴重な言語化の機会と位置付けて毎回真剣に取り組んでいる。上の写真は山崎先生の開始挨拶の時。まだちらほら空き席みえるけど、その後満席になった。感謝です。

 

というわけで、今年選択したテーマは「デザイン人類学」。海外では盛んに議論されているものの、日本にはほとんど紹介されていない学問分野である。 この日は多くのイベントが開催されていて、聞きたかったけど聞けなかったという声も頂いたので、スライドだけでも大意がつかめるように、言葉を多めに記述したスライドを公開することにする。この言葉にご関心お持ちの方、ご笑覧ください。

 

 (SpeakerDeckのサイトに行くと全画面で見れます)

デザイン人類学は境界領域でみんな手探り状態なので、もちろんこのスライドの内容もおおまかな見取り図しか示せてない。でも最近人類学をバックグラウンドにした方でデザインに関心を持っている人はとても増えているので、面白いコラボレーションが生まれるといいな、と思う。興味を持たれた人類学界隈のみなさま、ぜひ研究会をしましょう。

 

口頭で触れた、iPhoneの開発秘話「THE ONE DEVICE」の該当部分引用はこちら。

 知るのは不愉快な事実だが、それでもきちんと咀嚼したほうがいい事実である。我々のデバイスの原料は、原始的な道具を手に、死の危険と隣り合わせの環境で働く鉱員によって供給されている。iPhoneを構成する元素の多くは、iPhone所有者の多くが数分と耐えられないであろう環境下で掘り出されている。

 

ブライアン・マーチャント. THE ONE DEVICE ザ・ワン・デバイス (Japanese Edition) (Kindle の位置No.1215-1222). Kindle 版.

 

 私は初代iPhoneの開発プロジェクトに関わった人にインタビューする時、必ず聞く質問があった。自分たちがこの世界に解き放ったデバイスについて、今どんな印象を持っていますか、という質問だ。驚いたことに、ほぼ全員が似たような愛憎半ばする気持ちを抱いていた。デバイスのあまりの普及ぶり、アプリのあまりの使われぶりに畏敬の念を抱くと同時に、常に注意を引き付けてしまうというマイナス面にほぼ全員が触れたのである。一緒に食事をするカップルが会話もせずにそれぞれのデバイスを凝視する姿は嘆かわしい限りだと。

 

ブライアン・マーチャント. THE ONE DEVICE ザ・ワン・デバイス (Japanese Edition) (Kindle の位置No.5838-5843). Kindle 版.

 

ショーンによる「リフレクションのはしご」

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リフレクションのはしご

 

 「省察する(リフレクション)」とは、簡単に言えば自分の行った行為を「ふりかえって」「見直す」ことです。哲学者のドナルド・ショーンは、省察を二つに分けています[5]。「行為の中の省察(reflection in action)」と「行為にもとづく省察(reflection on action)」です。

 

 まず、「行為の中の省察(reflection in action)」は、何かをする中でふと頭に浮かんだことや、感じ取ったことを自分の中で「吟味」のまな板の上に乗せること、とされます[6]。実践の現場の中では、常にマニュアル通りにはいかないような予想外の出来事や矛盾する出来事に出会います。その葛藤の中でまずやってみて「感じ」をたしかめたり、どうもぴったりこないなどの感覚を元にその原因を探りながら、その場をとっさの判断で切り抜けていくような、そんな実践の知のことです。

 

 デザイン研究者の須永剛司は、それをシンプルに「じゃない感」と呼んでいます[7]。デザイナーは、たくさんのアイデアスケッチを描きますが、決して頭の中に降ってきたアイデアを描き写しているわけではありません。彼らは何かをまず描いて表出すると同時に、描いたものを見て「なんだか・・・違う」という違和感を感じ取ります。スケッチするという行為の中で対話を繰り返しているのです。これを描いたんだけどこれじゃない、そのパラドックス的な感覚こそが「まだ知らない次のもの」に向けて自分のアイデアを発展生成するための原動力となる、ということです。


 この「行為の中の省察」は、本来誰でも行っていることですが、臨機応変さが求められる仕事に就いている人々は、特にそのような柔軟な考え方を自分の中で血肉化しているものです。ショーンは、そんな人々を知識を豊富に蓄えた従来型の専門家像と対比して「省察的実践家」と呼びました。

 

 しかし、ショーン自身が指摘するように、「行為の中の省察」を繰り返していると、仕事に熟達するにつれて徐々に場当たり的な行為となり、それは少しづつ自分の姿を固定化していきます。自分の担当外のことは一切見ようとしない、自分はこうだからと自分の枠を決めてしまう、慣れた自分のやり方だけを信じて他者のやり方を認めない、などのいわゆる「老害」になっていくわけです。

 

 そこで意識的にふりかえり、学んだことを棄てて再び編み直す機会を持つために、「行為にもとづく省察(reflection on action)」が位置付けられています。実践の中で、自分の中や他者からの視点を通して生まれた意味を解釈し、言葉にしていくことで、次の行為の中で使うことができるということです。ショーンは、省察の段階をはしごの上り下りに見立てています[8](久保、他2013を参考に一部改変)[9]。また実践のなかで省察する行為を意図的に行わないと、人は省察しなくなるとしています。

 

 

  • [5]『省察的実践とは何か―プロフェッショナルの行為と思考』ドナルド・ショーン  鳳書房2007(原書は1983)
  • [6]『ビデオによるリフレクション 実践の多義創発性を拓く』佐伯/刑部/苅宿 東京大学出版会2018 
  • [7]『実践するデザイナーたちのデザイン知とはなにか?』須永剛司、永井由美子 デザイン学研究特集号 21(3), 4-12, 2014
  • [8]『省察的実践家の教育 プロフェッショナルスクールの実践と理論 』ドナルド・ショーン  鳳書房2017 P157(原書は1987)
  • [9]久保研二、木原成一郎「教師教育におけるリフレクション概念の検討—体育科教育の研究を中心に—」広島大学大学院教育学研究科紀要第一部台62号2013 pp.89-98

 

 

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先日、こんな原稿を書きながらショーンの本の当該部分を探していたんだけど、「行為の中の省察(reflection in action)」の説明はしつこく書いているけれども、「行為にもとづく省察(reflection on action)」については、ショーンはぼんやりとしか記述していないのだよね。

そうしたら、体育教育の文脈だけど、「リフレクションの梯子」をもとに図解している方の論文を発見!僕も図に起こしてみた。

 

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以下は、図版まわりの説明について、『省察的実践家の教育 プロフェッショナルスクールの実践と理論 』より引用。

 

 

あるレベルの活動において物事がうまくいかないとき、つまりある人が、行き詰まったり、理解していなかったり、誤解されていると感じるとき、省察のはしごの段を昇り降りすることで下位のレベルで経験したような行き詰まりや誤解をめぐるコミニュケーションが可能となる。

 

基本的にデザインする事は(これまで見てきたように)、それなりの、それ自体独自の〈行為の中の省察〉のプロセスである。1段階あがると、デザインすることについての省察は叙述のかたちをとる。例えば、「私はそれらの小さな形を集めて、より大きなL字型教室を形成した」のように。そして「それは1年生と2年生をつなげるが・・・・どちらが私には教育的にしたかったことなのだろうか」というように、叙述は評価に結びつくかもしれない。また叙述がアドバイスや批判と一体となっている場合もある。「屋根の形について現時点では心配することは無い」、「ひどいーそれでは全体の構想が全く台無しになってしまう」、などのように。さらに「君は建物の形を斜面の輪郭に合わせようとしてきたけれども、しかし斜面はねじれているのだ」のように、叙述がデザインすることの中に暗黙にふくまれている〈行為の中の知の働き〉についての言及となることもある。

 2段階上がって叙述についての省察においては、コーチは例えば、次のように自問するだろう。「『もっと大きくできれば、もっと満足いくものになりますね』と学生が言うとき、それは何を意味してるんだろうか」。また、あるいは「ペトラの大きな問題は、デザイン課題についての彼女自身の捉え方について、一体何を語っていることになるんだろうか。そこから読み取れる彼女のフレームは一体どのようなものなのだろうか」。学生の側では「回廊について、『小さなやり方の中の大きな事』と叙述することで、コーチは何を言いたいのだろうか」と問うだろう。学生は省察を質問へと向け、あるいはクイストのアドバイスに従って新しいデッサンを試みるだろう。コーチあるいは学生は、自分がした叙述に対して相手が構成した意味についても省察するだろう。例えばクイストは、ペトラが実演の全体から引き出したものはなんだろうか、そして学生が後に壊すことができる秩序を押し付けるアイデアをつかんだのかどうかと、自問するだろう。

 最後の第4段階では対話を行う人々は、対話それ自体について省察することになる。こちらは、私的であれ公的であれ、問題の理解の共有により近づいたのか、それともお互いの意味の理解を検証したのかどうか、問う。省察にあたって、コーチらが自分のコミニュケーションの取り組みに満足していなければ、「おそらく、現場を訪れるべき時だ」とか、「おそらく、異なった種類のデッサンに挑戦した方が役立つだろうと言うように、新しい戦略や手段を試みるかもしれない。

 学習の進行においては、省察のはしごを昇る形をとる必要は無い。語ることと聞くこと、実演することと模倣することにおける総合的で固有な〈行為の中の省察〉の作業は、高いレベルの省察に頼らずともうまく進むだろう。しかしながら、コーチと学生が行き詰まってしまったとき、梯子を登ったり降りたりする能力は、意味付けの収斂を探求する際に新しい可能性を切りひらくのである。

 とりわけ重要なのは、省察のはしごの昇り降りに取り組むことは、教示者のメッセージの価値について、学生が疑うことへの反応をもたらすもたらすと言うことである。(p157-158)

 



 

デザインの国際会議、4D-Conferenceが大阪で開催

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2019年10月21日から23日まで、大阪国際会議場にて国際会議4D-Conferenceが開催されます。欧州のデザイン研究者達が来日して濃い議論が行われる予定です。この会議をオーガナイズされている立命館大の八重樫文先生は研究の話題が合う数少ない研究者で、彼の使命感に共鳴するかたちで私も実行委員会の末席に加わってお手伝いしています。

カンファレンスは英語になりますので、ちょっと敷居が高いかも知れませんが、意味のイノベーションやソーシャルイノベーションなどのエッジの効いたデザインの話題に関心をお持ちの方、是非ご参加下さい。(※オープニングのトークイベントは同時通訳もあります)

公式サイトの重要なところを日本語にしてみました。

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 ■4Dとは、社会的な存在、技術の発展、ビジネスの創造と刷新のための価値を開発するためのデザインの役割を議論することを目的とした国際会議です。

この会議は、ふたつの視座から議論されます。ひとつめは、社会的価値を高め、新しい技術パラダイムを拡げ、新しいベンチャーを作成するための実行可能な条件を作成するための主なインプットとしてのDesigning Development(開発をデザインすること)もうひとつは、社会的、経済的、技術的に力をサポートしそれらの相互作用の中で行われる、アウトプットとしての Developing Design(デザインを開発すること)。

 

 ■キーワードは、 デザイン全般、デザイン思考、美学、クラフトマン精神、起業家精神、ネットワーク社会、ソーシャルイノベーション、オープンイノベーション、サスティナビリティ、技術開発、ポストヒューマン時代、ローカルとグローバル、となっています。

 

 ■会議は3つのトラックで構成されています。
トラック1:社会の開発におけるデザインの意味

  1.1:未来のクラフトマンシップのためのデザイン

  1.2:第三セクターの設計と社会イノベーション

トラック2:技術の開発におけるデザインの意味

  2.1:生産における新しいパラダイムの設計

  2.2:テクノロジーの人間化におけるデザインの役割

トラック3:ビジネスの開発におけるデザインの意味

  3.1:グローバルな市場における伝統のデザイン

  3.2: ポストヒューマン時代のビジネスのためのデザイン

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さて、この国際会議がなぜ日本、しかも大阪で開かれるのか?八重樫先生から興味深い話を聞いたので、ここにも記しておきたいと思います。

 

もともとこの組織が設立されたのには、リトアニアという国が大きく関わっています。

リトアニアは、日本人にはあまり馴染みがない国ですが、バルト海に面したバルト三国エストニアラトビアリトアニア)のひとつで、ソ連崩壊に伴って1990 年に独立した国です。独立から30 年ほど経過しましたが、国民の意識はなかなか旧ソ連時代から抜け出せていないという問題があるようです。

 

 社会主義国家に属してた頃は、共同体の中の理屈に従っていればそれほど目的を考えずに済みました。しかし、いまのグローバル化していく世界の中では小さな国だからこそ大国に負けないような、自分たちの国民性や独自の価値基準を確立していく必要があります。そこでリトアニアの人々は「デザイン」に着目します。自国の理念の再構築と、ソ連時代を知らない若者達のアイデンティティ構築のために人々と共に創造していくことを狙って、国を挙げた政策としてデザイン教育を取り入れ始めたのです。

 

国際会議「4D Conference」は、その一環として始められました。カウナス工科大学(リトアニア)と、ミラノ工科大学デザイン学部(イタリア)が提携し、世界のデザインの研究知をリトアニアに集め、デザイン文化を育成することを目的として2017年に第一回が開催されています。そして2 回目以降はその理念を元に、世界各国を巡って同じような困難を抱えた国の人々と共有しながら議論していく・・・・。そんなリトアニア人研究者の計画に八重樫先生は深く感銘を受け、所属する立命館大でホストする役目に手を挙げた、という経緯があるようです。

 

たしかに課題先進国として知られる日本も、同じく今後のアイデンティティをどう作っていくかには大きな困難を抱えています。リトアニアの悩みが日本とオーバーラップした、という八重樫先生の気持ちはよくわかります。

 

しかし、大阪は地元と言えども八重樫先生は現在ミラノで在外研究中。わざわざ一時帰国してまでこのような国際的な議論の場を作るとは・・・欧州の活発な交流を間近に見ていると、日本のデザイン界(アカデミア、ビジネス含めて)が世界に取り残されていくような危機感もあるんだろうな、と思うと、その真摯な姿勢に僕もまた感銘を受けたのでした。

 

僕自身もこの会議をきっかけに国を跨いで議論を共有し、少しでも新しい次の時代への種を蒔くことに貢献できればと思います。

 

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4D Conference公式サイト:参加登録受付中

4d-conference.com

 

4D Conference 2019 オープニングイベント(※同時通訳有り)

10/20(日)13:00-19:00

4d-conference2019.peatix.com

オープニングイベントは、キーノートスピーカーのペプシコCDOペプシコCDOや、サービスデザイン理論の第一人者、ソーシャルアントレ、ソーシャルデザインの重要人物が一堂に会する場ですが、学会参加者でなくとも誰でも気軽に参加できます。また情報交換会では世界のデザイン研究者と交流できます。

 

 

 

変化するメールのマナー

 先日あった出来事。ある企業さんとのインターンの件で学生と夜にチャットツールでいろいろやりとりしていた時、その学生が夜のメールは失礼だと言い始めた。

メールは見れるときに見るものだし、自分自身夜に来たメールに不愉快さを感じたことがなかったので「そんなことないはずだよ」とアドバイスした。といいつつも、ちょっと気になったのでアンケートをとってみた。以下スクショ。

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768票も投票してもらえたし、若い人から年配の人含めていろんな反応あったので、比較的偏りは少なめのデータになっていると思う。

というわけで、いつ送っても失礼にはならないが56%、残りの44%は時間を気にして送るべきと考えている予想を超える結果になった。逆に学生は学生で時間を気にするのが当たり前だと思っていたのに、時間を気にしないのが多数派という結果は衝撃だったよう。リプライもかなり見解が分かれた。いくつか抜粋。

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携帯の世代は,メールはリアルタイムでのチャットに近いので,深夜メールは深夜に電話をかけるようなマナー違反と思っているのでしょう。PC主体の人は何時でも良い,UUCP世代ならそもそもメールがいつ届くかすらわからない

 

先日うちのインターンシップ科目のマナー研修で某企業さん作成の資料に「深夜は避けましょう」って書いてありました。「本来メールはそういうものではない、でも現在はすぐに返事をしないと失礼と信じている人がいるから郷に入っては郷に従えの精神で」と補足しました。」(大学教員)

 

メールは非同期で読むもの」という前提がすでに同意されていない。メールアドレスごとに同期と非同期を使い分けるのが多いと思う。これは非同期なのでいつでもOKと明示が無ければ、送付時間は気にするべき

 

「システム担当の方とかは緊急時に気付けるようにするためか、スマホ転送されている方も多いようで、夜のメールにクレームをいただくこともございました」(IT企業ではたらくOB)

 

「最近のメーラーは送信予約できるので、夜に書いたメールは朝の8時にセットして送る」(うちの学部長)

 

「メールは形式張っているし内容も真剣なので送る時間はかなり気にする。LINEなどのチャットツールなら、深夜だろうがあまり気にしない。先生にでも深夜に課題の質問するのは平気」(学生)

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そして、ある方には、上司にそうされると部下には圧力が生まれる、という記事を教えてもらった。

jp.wsj.com

 うむむ、通知をつけるかどうかや、PC宛のメールをいつ受け取るかは基本的に受け取る側が決めることのはず。自分で読むタイミングや返事するタイミングを決められるのがメールのいいところだったはずだが・・・いつのまにかメールも半分ほどはリアルタイムのコミュニケーションツールのマナーに置きかわっていることを知った。すでに半分近くもそう考えているなら、確かに気をつかう必要があると言えそうだ。

 

しかし。みんなが同じタイムゾーンで暮らしているわけではないのだから、海外にいる人にメールする際には、時差を考慮して送るべきということになっていくのだろうか。通知が行くのが迷惑というなら、人が寝ているような時間にSNSに反応するのも迷惑という事になるんだろうか。同期度が高まることで不便になっている気がする。

 

 

古い船をいま動かせるのは、古い水夫じゃないだろう

https://www.aalto.fi/sites/g/files/flghsv161/files/styles/2_3_1380w_600h_n/public/midgard/images/1e7da723b1ccf34da7211e79ccba5d22419a6cba6cb-yrjo-sotamaa1_en_en.jpg?itok=Eb4LsMz6

フィンランドにYrjö Sotamaa(ユルヨ・ソタマー)という人がいる。フィンランドの名門大学・アアルト大が生まれるきっかけを作った重要人物である。

 

4年前に訪問した際に書いたブログ記事より。

研究内容に加えてなによりもコラボレーションを前提として作られた大学だけあって、組織の設計がすばらしいことがよくわかった。うーん、さすがに教育王国フィンランド。新しいことを生み出すために何が大事なのかがよくわかっている。
そして、その組織ビジョンをだれがいったいどうやって作ったのか気になって調べてみた。すると、2005年に当時のヘルシンキ芸術大学学長に就任したYrjö Sotamaa氏が、就任の演説で提唱した構想がルーツだということがわかった。

kmhr.hatenablog.com

設立の経緯は、Wikipediaにも掲載されている。

当時ヘルシンキ美術大学の学長であったユルヨ・ソタマーは、2005年の学長就任演説にて、既存の大学を合併しアールト大学を創設するという提案を行った。そうすれば、ユニークかつ学際的な大学が誕生し、革新的な考えを生み出すことができるようになるとソタマーは考えたのである。

フィンランド教育省はこの構想に注目し、金融省のトップであるライモ・サイラスに声をかけ、大学合併の可能性を探る調査官に任命した。サイラスのグループは、合併はフィンランドのアカデミズムと経済にとって有益であると報告した。この調査結果をもとに、フィンランド政府は2007年11月11日、合併プロジェクトを進めることを決定した。

 

ソタマーは、ヴィクターパパネックの生徒でもあったそうで、名著「生き延びるためのデザイン」には若き日の作品が掲載されている。

 

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まだ誰もピルのパッケージにデザインの課題があるとは思ってなかった頃の取り組みである。(1960年代)

 

 そんなある日、現在アアルト大の大学院に留学している川地君が以前「フィンランドデザインと文化;独立とデザインの歴史」という記事で興味深い事を書いていた。

その中の最も熱量あふれる学生グループが行動を起こし、他の北欧諸国で同じような憤りを感じる学生に働きかけ、国際的な組織を作りました。彼らは当時の教育を風刺するような展示や政府への嘆願書に加え、シンポジウムの開催により、デザインをより道徳的、社会的、環境的な影響を考慮したプラクティスに昇華させるに至りました。 (このシンポジウムに関しても非常に面白いのですが長くなるので割愛)

 

note.mu

 ふむふむ、それは興味深い・・・と感じて、この学生グループに興味を持ち、いろいろ調べてみた。そうすると、このソタマー氏こそがこの学生運動を牽引した議長だったことを知った。以下のプレゼンテーションの中で、自ら語っている(12分頃)

youtu.be

 Scandinavian Design Students’ Organizationの活動やその影響は以下の論文に詳しい。

Make us more useful to society!’ The Scandinavian Design Students’ Organization (SDO) and Socially Responsible Design, 1967-1973

Alison Clarkehas shown that Papanek’s involvement with the Nordic design scene formed thebasis for his seminal book Design for the Real World –Human Ecology and Social Change from 1971(Clarke 2013a,161).

 

学生達がパパネックをフィンランドに呼び、パパネックがそれに影響受けて、「生き延びるためのデザイン」の主張の原型ともなった(!)とか、学生達が自分たちで雑誌を発行して言論活動を行い、それが北欧のデザインの潮流になっていったとか、政治活動化して組織が崩壊して解散していく過程とか、そんなことがまとめられている。

 

最後の33Pにある注釈には、上の講演の言葉を引用して

The significance of the seminar is underlined in the following quote from Yrjö Sotamaa:“Suomenlinna Seminar can be seen today as a pilot project for the present Aalto University. The challenges Aalto wants to answer, relate to the key themes of Suomenlinna to ’building a better and more responsible future, interdisciplinary approach combining design, technology and business in education and research and enhancement of the innovativeness of Finland"

と書かれている。若き日に諸分野を繋いだ経験があったからこそ、専門の学部を繋ぎ、全体で学際的な問題に取り組んでいく大学をつくろう、という発想ができたわけだ。半世紀前にはられた伏線が、講演の中で見事に回収されていることに驚かされる。

 

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現状を変えて行こうとする学生たちの活動から始まって、今の先進的なフィンランドのデザイン文化が形成されるに至ったという話。

 

7/23の夜、一時帰国中の川地君を囲む会合(於:渋谷のカラオケボックス)があり、そこで芸大デザイン科の院生である平山君にお会いした。

note.mu

彼はデンマークのコリングデザインスクール留学からの帰国直後で、芸大の現状に対して問題意識を持ち、学生と教職員が対話できる場をデザインできないか、と考えているそうだ。

このエントリを、未来をつくろうと行動している日本の学生達に捧げます。

 

古い船には 新しい水夫が 乗り込んで行くだろう
古い船を いま動かせるのは 古い水夫じゃないだろう

なぜなら古い船も 新しい船のように 新しい海へ出る
古い水夫は知っているのさ 新しい海のこわさを
(イメージの詩/吉田拓郎 1970)

「情キャリでコントする」の巻 台本

3年生向けの情報キャリアデザインで「私のキャリア」についての講演を依頼されました。学内で知っている学生たちなので、ちょっと攻めたことに挑戦してみようと思って、学生や先生の協力を得てコント5連発をしてきました。5つめのコントの台本を公開しておきます。実際にはこれに各自のアドリブ芸が加わっています。

 

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#5「情キャリでコントする」の巻

 

ナレーション=福田さん

小林先生=小林先生

川上=川上くん

 

ナレーション(ここは専修大学10号館。静まりかえった6階の研究室のフロア)

 

小林「(コンコン)上平先生、いますか?」

上平「はーい、おや小林先生、どうされました?」

小林「実は、僕の担当している情キャリで、専任の先生に自分のキャリアを話してもらう、という枠があるのだけど、7月2日の回、そこで1コマ講演してくれない?」

上平「え!情キャリ!あの大教室で3年生全員集まるやつですか?嫌です!」(即答)

小林「そこをなんとか」

上平「いや、それだけじゃなくて、実はその前の週末にデザイン学会の発表があって、あと火曜の情報表現演習も新規内容になっていて、とてもじゃないですけど、その辺は時間ないんですよぉ。」

小林「そこをなんとか。というか、僕が聞きたい」

上平「うーん」

小林「いきつけの『鬼のかくれば」で酒を奢ろうじゃないの」

上平「飲み仲間の先生にそう言われれば、断れるはずがない・・・・わかりました。やります」

小林「頼んだよ!じゃ」(笑顔でドアを閉めて退出)

 

上平「とはいえ・・・困ったなぁ。どうしよう・・・。普通にパワポ使って話したところで彼らが聞くわけが無いんだよな。うーん。いや、まてよ。2年前に講演に来てくれたお笑い芸人が、若手は何万かお金払ってステージに立っているって言ってなかったっけ。金払わないでオン・ステージを二百人以上の若者達が聞いてくれるってのは・・・よく考えれば、おいしい機会なのかも知れないな。しかも普通のお客さんは外しまくったら席立つかも知れないけど、彼らは逃げない。僕がどんなに寒いことを言っても、逃げない。いや正確には逃げられない。

よし、逆に考えてるんだ。請け負いの講演ではなく、新しいことの実験の場と考えるんだ。そうすれば前向きに考えることができる。(ぽちぽちと携帯でメッセージ打つ仕草)うん、まずはステージ衣装が要るな、いつも黒い服を着ているけど、たまには派手なシャツを買ってみよう」

 

川上ステージに来る

 

川上「(コンコン)先生、お邪魔します」

上平「おお、兄ちゃん、じゃなかった今年の上プロのリーダー、アクティビティに定評のある川上君じゃないか。呼んで10秒でやってきれてくれるとは。さすが。急に呼び出してごめんね」

川上「どうしました?」

上平「いやー、実はさ、今度の情キャリで講演することになってさー」

川上「マジっすか。それは笑える」

上平「笑うなよ!」

川上「すみません」

上平「でもね、せっかくの機会なので、自分を超えようと思ってさ」

川上「先生が自分の限界を超えるってことですよね・・・うーん、滑舌と早口が倍速に・・・壊れかけのラジオみたいになっちゃいますね。」

上平「壊れ〜かけの〜Radio♪   って、違うわ!次僕の滑舌について触れたら上平プロジェクトは全員単位あげないからな!  そうじゃなくて!せっかくなのでこの機会を通して、デザインの大事なことに気付かせられるんじゃないか、って気がしてるんだよね」

川上「はあ」

上平「例えば講演っていうとさ、なんだか偉そうな人がやって来て、自分の自慢話をして、なんか教訓めいたことをまとめて、それを箇条書きにしてパワポめくりながら話す。っていう、そんな型ができちゃっているじゃない」

川上「だいたいそうですね」

上平「学生達にしても社会人にしても、もう普通に進行する話なんて聞きたくもないんじゃないかと思うんだよね。パワポ使った予定調和な話だと、眠くならない?」

川上「なりますね」

上平「あれは実は講演者を助けるために作られたツールなんだよ。自分の姿に視線を集中させなくて、スクリーンの方にそらすことができるだろ?それで恐怖感から逃げることができるってわけだ。でも、本当はそうじゃなくて、プレゼンを届ける側の、観客や学習者が良い時間を過ごせるかどうかを問い直すことは必要だよね」

川上「そう思います。そこをもう一回定義しなおそうとすることが、たぶんデザインする人が持つべき姿勢ですよね」

上平「そうなんだよ!安易に既存のフレームに乗らないで、例え失敗するかもしれなくても、その怖さを背負った上で、古い自分を乗り越えるために立ち向かうこと。僕はそれこそが大事だと思っているんだ。大学の教授とかだと、過去に得た知識だけで過ごしていると思われているかも知れないけど」

川上「え、違うんですか?」

上平「いやいや、専門家ほど、それまでの必殺技を捨てて闘うのさ。オーディエンスの3年生たちに『俺もゼロから挑戦して居るぞ』と、自分が恥かきながらも新しい伝え方のデザインを探っている姿をさらすのなら、パワポには決して書かれないような意味が読み取れるんじゃないかな・・・

川上「いやどうでしょう。みんなツイッターで晒して笑うんじゃないでしょうか」

上平「そうかもね、まあそれでもいいや。」

川上「先生!そういえば、前に芸人なりたいって言ってましたよね。それなら、聞く側が楽しくなるような、コントをするってのはどうですか」

上平「うん、それな。スライドでは寝ちゃう奴も、コントなら何故か自主的に動画まで撮るだろうから、今の出来事に集中するって意味ではありだと思う。僕も一部コント形式を取り入れようかな、ぐらいまでは思いついたんだけど・・・いまいちまとまらなくてさ。」

川上「講演全部をコントにしてしまえばいいんじゃないでしょうか。全編フリップブック。それでどうですか?」

上平「おお、それだ!全部コントにしてしまえばいいのか!よしイメージ湧いてきた。そうだ、ついでにお前らも出てくれるよな。そういえば、こないだカンパしたキックオフ飲み会の時の酒はうまかったなぁ」

川上「え」

 

ナレーション(そうして私たち上平プロジェクト全員も、この講演にいつの間にか協力させられてしまうはめになったのでした。おしまい)

 

 

「49mm」という数字

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au Design project 15周年を記念した展覧会「ケータイの形態学」展(2017年7月)が書籍にまとめられたそうだ。なんと、今は公式サイトで全文公開されている。

onlineshop.au.com

僕は丸の内のギャラリーまで展示を見に行ったのだけど(上の写真)、その時会場でInforbar C01の解説に付けられたパネルの文章が印象深くて、今でもよく覚えている。書籍にも掲載されていたのでちょっと引用してみたい。

 

「手とスマホ
携帯電話の設計にあたっては、幅49mmが手にしっくりくる最適値とされてきました。ディスプレイが大型化するにつれての理想的な幅の実現が困難になっても、なんとか50mm台前半に収めようとデザイナーもエンジニアもコンマ1mmの闘いに挑んでいました。スマートフォンはそんな概念を一気に吹き飛ばし、60mmを超える幅が当たり前になりました。指先の記憶で見ずに打てたキーも、タッチパネルを見ないと打てなくなりました。(P142)

 

49mmという、具体的な数字が記されている。たぶんそれ以上になると持って使うのが困難になる、ということで人間の手のひらの大きさから逆算して割り出された数字なのだろう。たしかに、ガラケーの時の幅はそのぐらいだった気がする。

 

 

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そして今日。巨大化したスマフォは、いつのまにか指を通して安定させるための金属のリングが装着されるようになった。写真はうちの学生のもの。学生が付けているのに気がついて「ちょっと写真とらせて」とお願いしたら、両隣の学生もやはり付けていて、まとめて撮影した。いまの10代はだいたい付けているそう。カバーもほぼ100%つけているから、本体との接着面がどうのこうの、ということも気にする必要もない。

 

メーカー側は「使いやすさ」を信じてコンパクトにすることにみんな命をかけていたが、ユーザーは大型ディスプレイを前にして、自分にとっての価値を見出せばそんな想定された最適値を容易に飛び越えてしまう・・・、それを中の人が(微妙な悔しさを滲ませながら)省察しているのがとにかく衝撃だった。

 

カバーを付けることすら嫌ったといわれるジョブズは、こんなリングを標準で付けることは絶対に許せなかっただろうし、ユーザーが自分たちで新しい持ち方をあみ出すようになるとは想像もできなかっただろう。(ちなみに僕もつけようとは思えないんだけど・・・)

 

でもメーカーが出すスタイルに縛られないで、たとえダサかろうが必要に応じて自分たちで加工する、そうすることが許されている、そんな開かれた人工物のあり方は正しいとおもう。

 

そんなことを考えた日、奇しくも授業は設計したものをあらかじめ決めた指標によって事前に調べる「ユーザー評価」の回だった。