読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Kamihira_log at 10636

みえないものを、みる視点。

デザイン態度論

デザイン教育

10月15日(土)のこと。2016年度の産業技術大学院大学人間中心デザインプログラム、デザインリテラシー編で「デザイン態度論」を担当してきた。

 

人間中心デザインプログラムは、社会人向け専門職大学院のデザインスクールとしては、今のところ日本で唯一の人間中心設計 / UXデザインを体系的に学ぶことができる専門課程であり、履歴書の最終学歴として書ける大学院の学位(履修証明)になること、公立(公立大学法人)のため学費が安いこと、志気の高い人が集まった濃いネットワークが出来ることなど、いろんな点で結構な人気のようだ。入試が先着順のため今年は募集開始なんと数分で枠がうまってしまったそうである。

aiit.ac.jp

僕は2010年からデザインの発想論を担当していたが、今年はプログラムディレクターの安藤先生の依頼で、「デザイン態度論」という科目を持つことになった。

多様なチームメンバーと共にデザインに取り組む場合には、自分自身のクリエイティビティを越えて組織を創造的にしていくために、メンバーとの関係構築に関する視点は重要である。本講義で扱う「態度」とは、模範的なふるまいという狭義の意味ではなく、チームにおけるマインドセットの醸成や、デザイン参加者へのエンパワーメント(権限委譲)など、デザインを行う上で背後から意思決定を支えている価値観や考え方を包括した概念である。

「デザイン態度論」シラバスより

自分で上のような概要を書いておきながらなんだが、もちろんそんな理論は僕自身も持った経験はないw。しかし態度に関する理論はたしかに重要でありながらあまり言語化されることがないこともまた事実。欧州ではそういった議論や研究もすでにあるようで、英国では「Design Attitude」という本が昨年出版されている。

デザイン・アティテュード(design attitude)とはデザイナーが持つ,デザイン行為に伴う態度や行動規範である。そこでは,マネジャーの持つ意思決定態度(decision attitude)との対比として,構造が不明確な問題の解決に対して効果的な志向であるとされる(Boland & Collopy2010)

プロフェッショナルとしてのデザイナーの持つ
デザインの志向の実証的研究に向けた理論的基盤の検討

 

日本でも立命館の八重樫先生が理論研究を進めているようだ(さすが!)けれども、いろんな方向から議論を起こしていかなければ、ということで引き受けることにした。最近は他人事としてすませちゃいけない、我々の責任だ、と感じることも増えてきた。

 

しかしながら・・・・一日に朝からまとめて4コマ。大学で毎日授業がある僕にとっては、そんな準備時間がとれるわけもなく、ここのところ綱渡りの日々だった。

 

講義の内容は完全なる自己流だけれども、分野の「キワ(際)」に生息している者として、4つの視点に整理してそれぞれを解説していくという方法を取った。

f:id:peru:20161016211017p:plain

1)人間のメカニズムの視点

ヴィゴツキー系の状況論や社会的構成主義の学習観を援用しながら、「人は皮膚の外側を使って考える(有元・岡部)」とか「人はみな教えられると思考停止する(佐伯)」とかそういう話。この辺の学習系の論客が身近にたくさんいるお陰で、僕でもいろいろ話せるけど、いわゆるお勉強として覚えて学ぶ、という固定観念に揺さぶりをかける「つかみ」なので軽く。

 

"関わり合い"の中で行われる行為、として、紹介した三船十段の映像。

www.youtube.com

柔道の「柔よく剛を制す」という理念は、状況や制約を最大限に活用するという意味でデザインにも通じる(と僕は思っている)。この映像の4分過ぎの解説はとても深い。

三船十段は、柔道の根本を象徴するのは「球」であると説いてるのであります。球は倒れたためしがない。絶対に倒れない。
それはいくら転んでも中心を失うことがないからであります。球は動きそのものに無理が無く、変化も極めて早いのであります。また球は、無抵抗であります。それは相手の攻撃に対しては無限の力をふまえているのであります。
引かば押せ、押さば引け、とは古くから武道の極意として言われたことであります。球を原理として、"中心帰一"を信条とする十段は、これを「引かば回れ、押さば斜めに」と分かりやすく説いているのであります。そして十段は、「人間は修練によっては、変幻自在、あらゆる変化に応変できる身体の構造を持っており、進歩も無限、球の境地になり得る」と、今なお日々の修練を積んでいます。

 

あらゆる変化に応変できる「球」の構えがあれば、きっとどんなデザインの問題にも対応できる。

 

 

2)デザインにあたってどのように構えるかの視点

いわゆるキャロル・ドゥエックのマインドセットの話だけど、個人的なものと社会規範的なもの(日本人の文化特性)によって重層化されていることを意識して話した。

さらにマインドセットを揺さぶる実践として、インプロビゼーションのワークショップと解説。

f:id:peru:20161016211031j:plain

これまでインプロのファシリテーションは何度もやってきているので、最近はだんだん余裕が出てきて、ただ楽しくメニューをこなすだけでなく、受講生達が夢中で実践している経験を一歩踏みとどまって考えさせ、対話で意味づけしていくような進行が出来るようになってきた。

 

3)デザインしていくことの捉えかたの視点

どういった信念に立って進めるかの、いわゆるデザインアプローチの解説。

クラフト的なデザインの時代から、ユーザ中心デザイン、協働のデザイン(CoDesign)、当事者デザイン、と整理しつつ、社会が複雑化するにつれて、従来の生産の型だけでは対応できないデザインの問題も増えてきていること。デザイナ—の役割もどんどん変わっていること。共同体の中でデザインすることで、時間はかかるし面倒なことも増えるが、自分一人では実現できない持続的なデザインもできるかもしれない、といったようなことなど。人間中心デザインアプローチの他にも色々な考え方があることを、あえて人間中心デザインの履修生に問う。

 

4)創造をとりまく環境の視点

デザインを産み出すメタデザインとしての「場」の話。関わり合いのダイナミズムを使ったデザインの可能性として、リビングラボを紹介。

初公開の立体インフォグラフィックス&ロールプレイでラボを企画していくゲーム。複雑なリビングラボの概念を、遊びながら理解していけるように、飛び出す絵本のような仕掛けと質問が埋め込まれたカードキットを開発した。とりあえず、これまでどこにもないスタイルとは言えると思う。

f:id:peru:20161016211047j:plain

(学生2人がこのキットを準備するために、僕に代わってたいへんよく働いてくれた、心から感謝)

 

まだまだ欠点多いし、初の試用だったのでどうなるかとても不安だったが、履修者のみなさんの進め方を見ていると、僕にもいろいろなことが見えてみた。特に安藤先生は自分の研究につながる何がひらめいたらしく、カードセットを睨みながらじっと考え込んでいた。彼によるとつくっている本人より観察者の方が冷静に分析できるらしい。「上平さん、たぶん俺の方がなんかわかったよ!・・・でもまだ言語化できない」そうな。

 

へろへろになりながら長丁場を終える。とりあえず珍しい経験の連続技でゆさぶりをかけ続けたことで、履修者のみなさんには今学んでいることがちょっとは相対化されたようで、いろいろと感じ取って頂けたようだ。とりあえず嬉しい。

 

ただでさえ過労気味な毎日なので、引き受けるんじゃなかった・・・と、ここ数日思っていたが、安藤先生がむちゃ振りしなれば、この講義が生まれることはなかったわけだし、それがさらに彼を刺激することもなかったわけだ。これも相互作用による創造なのだな、と気付かされた。

 

そして履修者の方々と酒飲みながら、なぜ安藤先生がこの科目を作りたかったか、なんだかわかった気がした。実務に役立つノウハウじゃなくて、それ以前にデザインにおいてどのように構えるか、そこで自分たちの立ち位置を相対化しつつどのようなアプローチをとるか、を問う機会はとても少ないのだよな。それこそが実は大事なのに。その辺を客観的に説明できる人も少ないのかもしれない。

次のどこかでの機会のために、もうすこし言語化しておきたい。

 

あと、自分の感想として。「態度論」なんて抽象的な議論でも、ビジュアルコミュニケーションデザインを拡張することに手応えを持てたことがちょっと嬉しかった。情報過多の現代において、いかに「閲覧するだけ」の状態を越えてビジュアルのデザインが能動的な活動に関与していくことができるか、は今の自分の大きなテーマなのである。講義のスライドで話の全体像の構造を示し、フロアマップ的に念入りに位置づけしながら進めることで、どこの話をしているのかに迷う人は減るし、立体インフォグラフィックスも目の前で自分で組み立てることでただ見るだけよりは大きな関心を持ってもらえたようだ。僕の最近の関心はどんどんふわふわした領域に移動しているけど、図やツールなどのきっちりと具体化されたデザインに落とし込むことについては、やっぱりそこが説得力に繋がっているはずだから、こだわっていきたいものである。