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みえないものを、みる視点。

インプロビゼーションとアイデア発想ワークショップ :いま、この瞬間の世界と向かい合うことの意味

 2008年に演劇インストラクターの倉持さんと実施したインプロワークショップのブログ記事が、今でも結構読まれているようです。その後自分で実施するようになってその頃よりは言語化できるようになってきましたので、自分で行っている取り組みを中心に書いた記事をアップしておきます。2014年1月に学内の紀要に書いた資料です。

 

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インプロビゼーションとアイデア発想ワークショップ
—いま,この瞬間の世界と向かい合うことの意味—

上平崇仁 KAMIHIRA Takahito

 

要旨:

デザインのように人間の創造性が関わる営みにおいては,単発のアイデアよりも,対象が変わっても新鮮なアイデアを生産し続けられる良質な方法や考え方を体得できるかが重要である.そこで,我々の思考を水面下で支えている身体の位置づけについて再考するために,演劇分野で行われてきたインプロビゼーションを取り入れたトレーニングとその応用事例としてのワークショップを紹介する.

デザイン教育におけるインプロの効果として,1)発想トレーニング,2)チームビルディング,3)寸劇の場面描写スキル,の3つを上げ,特に1)の発想トレーニングとして,ブレーンストーミングとの深い関係性を追いながら,デザインにおけるアイデア発想における身体性,その学びがもたらす意味について考察する.

 

1. はじめに

もっとも身近にありながら,しばしば見落とされてしまうことの一つに,我々の持つ"身体"がある.熟考してもなかなか答えが出なかったことが,散歩の最中に突然ひらめいたり,思考から消えていたことが急に思い出せたりすることが示すように,身体活動が思考回路に与える影響は実は非常に大きい.そしてまた,身体があることは我々の経験の前提でもある.人間の思考は意識だけで成り立っているわけではない.我々が意識できていることの水面下には膨大な無意識が存在していると言われるが,意識できたこと,意識できてないこと含めて我々の中に蓄積されているさまざまな経験は,すべて我々の身体の五感のフィルタを通して形成されたものである.

 しかし,そこまで重要なものでありながら,我々は自分の身体のことをよく知らない.現代のデジタル化が進む学習や仕事の環境において身体性の意味は省みられることは少なく,自明のものとして扱われがちなところがある.そして今日も多くの人が長時間モニタに表示される情報と向かい合ったまま,一日の多くの作業を行っている.

 デザインのように人間の創造性が関わる営みにおいて,よりよい方法論を明らかにしていくうえで,我々の思考を水面下で支えている身体の位置づけについて焦点をあて,再考してみることには意義がある.例えば,アイデアの発想の方法について学ぶ場合でも,身体的な運動を通した発想を試してみることで,座って行う場合と,身体を動かしながら行う場合で発想のスピードが大きく違うことを体感的に知ることになる.通常の思考回路からの切り替えを通して,我々が普段の行動で意識できていないことが存在することを知るきっかけとなる.そのような体験は,個別の発想法を知ることよりも,発想するとは一体どのようなことなのかについての視点を大きく変える可能性がある.

 そのヒントを与えるものとして筆者が関心を持っているものに,インプロビゼーションがある.ここでは,インプロビゼーションを取り入れたトレーニングとその応用事例としてのワークショップを紹介しながら,デザインにおけるアイデア発想における身体性,その学びがもたらす意味について考察していく.

 

2.インプロビゼーションとは

 インプロビゼーションとは,その場その場で行われる「即興」のことである.通常インプロと略されるが,言葉を分解していくと,"イン"は否定語であり,"プロ"は「前もって」,ビゼーションは「見る」ということをそれぞれ意味している.つまり「前もって見ない」,逆に指向しているのは「いまこの瞬間にある同時性を大事にする」ということである.音楽の分野においては,事前に用意された楽譜などによらず演奏者がそのステージの中で作曲または編曲しながら演奏を行う即興演奏として知られており,演劇の分野では,事前に台本を準備せず,俳優らが刻々と変わっていく状況の中で演技を行い,アドリブだけでストーリーが紡がれていく即興劇ひとつのジャンルとして確立している[1].はたして前もって万全にシナリオが練られてないものが面白いのか,という疑問はよく聞かれることであるが,即興演奏も即興劇も,ライブならではのさまざまな相互作用によって刻々と変化することが魅力であり,まったく先の読めない展開をステージ上の役者と観客席の間で文脈を共有するスリリングな楽しみがある.これらによく似たところで言えば,お笑い芸人のアドリブ芸がある.次々と起こる出来事を受け止めつつ,いかにシャープに反応していくか,そのタイミングの中で生み出される創造性を感じられるからこそ,見ている方の面白さも増幅するのである.

インプロは,英国のキース・ジョンストンによってうみだされ,彼に影響を受けた人々によって世界中に広められてきたが,近年になって彼らによって生み出された各種のトレーニング方法は,演劇という専門分野から大きく越境するようになった.それらは,しなやかな発想力やコミュニケーション力を養うための学びとしても非常に有効であることが知られ始め,ピクサー社をはじめ,企業の組織風土開発[2][3]に取り入れらているほか,スタンフォード大など,デザイン教育の文脈でも多くの大学で取り入れられている[4].

身体表現であるインプロと人工物を中心としたデザインの学びは一見繋がらないように思われるかも知れない.しかしそんなことはなく,深いところで密接に関係しているのである.デザイン教育においてインプロを取り入れる効果としては,以下の3点に要約することができる.

 

1) 発想トレーニングとして

上述したように,インプロでは"その場その場"で発想することが必要になる.事前の準備が役に立たず,状況の中で臨機応変に行動していくことが必要とされるため,硬直した思考を解きほぐし,ワークショップの中で自然に発想の訓練をおこなうことが出来る.デザインにおいて頻繁に行われるブレーンストーミングの意味を再考し,そこに通底している発想のメカニズムを知り,よりよいブレストのための条件を理解することができる.

また,複雑化するデザインの問題に対処するために,個人の創造性を越えて組織で立ち向かう必要性が生まれているが,自分一人ではなく周囲との相互作用の中で発想を生み出す体験を通して,チームの力を有効に利用して発想を生み出すためには,どのような要因があるのかの根源的な部分が理解できる.

 

2)チームビルディングとして

ゲームを通して自然に身体が温まり,さらにメンバー間で一体になるレゾナント(共鳴)を体験することで身体的な一体感を感じることが出来る.また,失敗を許容しつつ受け入れる雰囲気をつくることで,初対面時のバリアを解していくことができる.これらはグループワークを行う際の,初対面者同士の抵抗感や緊張を無くすためのアイスブレイクとしても機能し,チームの関係づくりに大きく作用する.

 

3)寸劇の場面描写スキルとして

ユーザの体験を描くために,製品やサービスを使用するシーンを寸劇的に演じることは現代のユーザエクスペリエンスデザインにおいて一般的なスキルとなっている.特に,製品の利用の流れを確認したり,演じ落とす中で気付きを生かしていくための手法はアクティングアウトとも呼ばれている.インプロは身体をメディアとした表現でもあるため,インプロを行うことで,寸劇を行う際のメンバー間での間合いのあわせ方や,身振りなどを活用してリアリティをもった場面を演じるスキルにつながる.

 

 

3. インプロのメニュー

インプロは,本番の舞台で演じられるだけでなく,基礎トレーニングのためのメニューが何百種類も生み出されている[5].いずれも実行するのは特別に難しいものではなく,子供心に還るようなゲーム感覚で楽しく行えるものである.ただし,複数人で協力して行わなければゲームが成り立たないため,進めるためにはお互いの心理状態を理解しながら頻繁にコミュニケーションを取っていく必要がある.インプロから得られる学びを深めるためには,むやみに数を行うことよりも,一つ一つを体験した上でそこで行われたことの意味をふりかえりつつ,よく解釈してみることが重要である.

基本的なメニュー,例えば,向かい合ってお互いが鏡に映った人として動く「ミラーリング」や,架空のボールをパスしていく「イマジナリーボール」,否定しないで話を膨らます「YES&YEAH」などからも学べることは非常に多い.

 

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 写真1:8の字歩き

自分の型を持ちつつ,他者との出会いと別れをつくりだす準備運動.ただ歩くだけからアイコンタクト/笑顔/ハイタッチ/スキップ/フリーズ,と徐々に難易度があがっていく.

 

 

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 写真2:ミラーリング

二人がペアになって向かい合い,お互いが鏡像になるように動く準備運動.

模倣するためには相手の動きをよく観察し,動きに即応することが必要であり,お互いが呼吸や表情をあわせていかなければならない.間合いが同期し始めるとお互いの姿が徐々に自然に感じられるようになる.

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写真3:手拍子回し

10名程度で円陣をつくり,拍手を回していく.拍手は1回,2回,3回

と徐々に1拍づつずらしながら叩いていく.徐々にスピードをあげていくことで,全員の呼吸と音が共鳴し始め,緊張感とともに不思議と心地よい一体感が生まれる.

 

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 写真4:イマジナリーボール

架空のボールをパス回ししていく.ボーリング玉とバスケットボール,ピンポン球が同時に行き交う.重さの違いをジェスチャーだけで感じとり,受け渡ししながらも次第に冗談を交えたアドリブ的な動きが出るようになる.

 

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写真5:サンキューゲーム

3~4名で,ジェスチャーだけで状況を繋げていくゲーム.一人がつくったあるポーズに対して,次の人が関係するポーズを取り,二人で成立するシーンを作り,連鎖させながら展開していく.単独のものから関係性を加えることで新しい文脈をつくりだす発想力が試される.

 

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写真6:YES &YEAH

一人が,荒唐無稽な話を振る.話を振られた側は,決して否定せず,「そうなんです!(YES!)」と肯定した上で,かつ話を広げたセリフを返す.会話として繋がったら「YEAH!」とお互いにハイタッチ.たとえいまいちの返しであっても,相手からの笑顔のハイタッチが最高のフィードバックであり,外すことを気にせずに挑戦するという好循環を生み出す源泉であるということに気付くことができる.

 

以下の表は,ある社会人向けワークショップの参加者(大手電機メーカデザイナー)が,参加者の心理的な変化に関心を持ったことから,参加者に自主的にアンケート調査を行ったものの抜粋である.時系列順に5段階評価で点数化し,回収した15名のデータをもとに平均値がグラフ化されている.

 

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図1 インプロWSの感情曲線

 

集計された感情曲線では,ワークショップの進行に合わせて,徐々に積極性がアップしていくことが示されている.

この参加者は,集計したデータを元に

1)それまで順調に上昇した積極性が,自由な動きを要求されることで一旦下がり,以降,徐々に回復.

2)否定的意見の発話は,より積極性を下げる

3)今回,積極性の最高到達点,互いに肯定的に振る舞い,且つ,ハイタッチを交わす,グループの人数は7名前後.

4)インプロにより活性化されたグループも,人数が増えすぎるとモチベーション低下を招く.
の4点を後日のふりかえりにおいて報告した.

 

 4. インプロと発想

 

発言の狙いを外したり,失敗したりして他人から蔑まれることは誰もが避けたいものであり,インプロの開始当初の動きは恐怖心が勝ってしまうため,ぎこちないことが多い.しかし,身体がほぐれてゲームが進んで行くにつれて,失敗を許容する雰囲気が自然発生的にうまれ,参加者達は自分を防衛する必要がないことに心を許しはじめるようになっていく.徐々にゲームの中でのやりとりは速度としなやかさが増し,発話には自然な意外性が多く含まれるようになっていく.インプロのゲームには,集団で発想していく際の本質的なことが豊富に埋め込まれている.グループでの相互作用のダイナミズムの中で,発想が生まれるために必要な条件やセットアップしておくべきことが体験的に学べていく,という点において大変興味深い.

 

例えば,最もポピュラーな発想法であるブレーンストーミングは,簡潔な4つの原則で知られている.いわゆる,「1.自由奔放,2.批判厳禁,3.質より量,4便乗発展」である.誰でも理解できるレベルの言葉であるがゆえに,なぜこの言葉が原則として掲げられているのかピンと来ない人も多い.しかしながら,この4つの原則の意味するところの本当の深さは,インプロ体験を通して初めて理解することができると思われる.このキーワードをひとつずつ解釈してみよう.

 初めに,自由奔放について.「自由に発言せよ」と言われたところで意識的にそれが出来る人はほとんどいない.すなわち,自由になるためには他人に対しての遠慮や自尊心,恐怖心など自分の周辺にあるさまざまな束縛からまず自己を解放しなくてはならないわけである.そして自己を解放するためには,どんなものであろうと許され,認められるようなポジティブな雰囲気が不可欠となる.そんな難しい条件を揃えた場がお膳立てされることは難しいことであるが,不思議なことにインプロのゲームの場の中では,ごく自然に,ごく当たり前にそれらが形成されていく.仮にジョークが寒くても所詮ゲームの中なのだし,失敗はお互い様,とどんな発言でも受け入れて笑顔で反応することが,相互に許容し合うというメッセージをメンバー全員が身体から発することになり,結果的に自由奔放を支える状況を形成するわけである.

 そして次に「批判しない」.そのためには,聞いた瞬間に自分の評価軸だけで良し悪しを判断することを止めなければならない.が,これも即座に出来る人は少ない.評価してしまうことが癖になっていればいるほど,思ったことはついつい言わずにいられないものである.しかし,これも会話の主客が転換する体験を持てば,大きく視点は変わるだろう.YES&YEAHゲームでは,どんな突拍子もない発言でも,聞いた側が肯定し,それに上乗せしていくことで話はいくらでも繋がっていく.そこから導けることは,言葉を発した人にとって他愛もない言葉からでも,他者の視点からはいくらでも新しい解釈,そしてひらめきを生む可能性がある,ということである.発想するということは,発言者が責任を取る必要はなく,そこからどのように「返し」を生み出すか,聞いた側の発想こそが実は重要であり,これらのゲームは,その反応の仕方に自分の態度が反映されるということ,その中関係性の中にこそ創造性があるのだということに気付かせてくれる.批判的な視点は何かを止めるためのブレーキとして必要になる場面もあるが,何かの新しいことの起点になるわけではない.発想する際に批判を加えるのは,アクセルとブレーキを同時に踏むようなものである.

 つぎに「質より量」.前の段落と関連するが,批判がブレーキだとすると,発散的思考がアクセルである.アイデアを生み出す際には,まずは発散的に量を沢山出す中で思いがけないヒントが生まれるものであり,質は数の中から選別されて育っていくものである.最初から省エネ的に出るものではなく,無駄から生まれていくという意味で,失敗を許容してつぎつぎ進めていこうというポジティブな雰囲気がアイデアの母体となると言える.

 最期に,「便乗発展」.サンキューゲームでは他人のポーズを肯定し,そこに便乗しつつも違った解釈を加えることで新しいシーン,新しい接続がつぎつぎと生まれていく.つまり,アイデアは単独で存在しているものではなく,何かと何かの関係として存在しているものだであることを示している.何かに便乗して発展させることは,目の前にあるものの文脈を捉え直すことでもあり,そういう姿勢は,新しい関係性を生み出すエンジンとなる.ブレストとはインプロは,人間の持つ創造性を活かした同根のものであるがゆえに,4つのキーワードは深く繋がったものとなるのである.

 

 また一方で,発想における"態度技法"としての面も欠かすことが出来ない.チームの中の存在として発想していくために,自分はどのように関わるのかの心的な状態を,インプロによって体験的に理解できることは大きい.発想するためには,他者の発言や投げかけに対して即応するという張り詰めた緊張感と,自身の内的な世界にアクセスするリラックス感という,相反するような状態を保つことが必要であることを知ることができるだろうし,そしてチーム内で共鳴し合うような心地よさを発見することが出来るだろう.

 こういった身体的な経験を持つことによって,会議のように多くのことに縛られた状態で行うブレストは,発想するという目的において根本的に違うということや,言葉だけを一人歩きさせずに,本当に新しい発想を生み出すためには,よりよい条件の中で行わなければ本来の意義を成さないということにも気づくこともできるのである.

 ただし,インプロを通しても,その人自身の中に無いことから新しいことを生み出すことはないことには留意しておきたい.当然であるが,知らない言葉や概念がひとりでに湧き出てくるわけではないのである.インプロは,その人の中にすでにあるもの,眠っているものを掘り起こし,融合させる手伝いをするのみである.

 

 5. デザインワークとの接続

インプロを体験したあとは,その感覚を忘れないうちにアイデア発想のブレストを行ってみると,一層その変化を体感することが出来る.参加者の多くも,発言のしやすさ,発言の受け止め方,動きの豊かさなど,その前後での明らかな違いに驚くことになる.

身体をつかったブレストは,ボディ・ストーミングと言う名称が付けられている.実際に身体を使って何かをやってみることで,ものごとを観察・理解し,発想していく方法であり,インプロの時の感覚とは非常に親和性が高い.発想において身体は重要なリソースになることを体現するようなメソッドである.

 

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図8:ボディ・ストーミング

「荷物以外の体験を持ち運ぶペーパーバッグ」というお題でアイデアをかんがえるため,自分たちのカバンを用いてさまざまなシーンを演じている.インプロの後なので,チームでの議論が加速し熱気が高まっていく.

 

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図9:プロトタイプの発想とプレゼン

模造紙を用いて手短にプロトタイプを作成する.写真はつり革をつかってあごを乗せて寝やすくなるペーパーバッグというアイデア.電車の中での様子を演じる中で生み出された.

 

 

6. まとめ

 ここまで,インプロとその応用事例を紹介しながら,アイデア発想における身体性について見てきた.他者とかかわりながら身体を動かす体験は,さまざまな先入観で縛られがちな発想に対する新しい見方を提示してくれる.発想とは,けっして神がかり的に行われるものではなく,地道な基礎トレーニングで育てていく方法として捉えていくために,ここまで述べてきたインプロの示唆する知見は大いに参考となる.

 また,アイデア発想は属人的なものと見なされがちであるが,キース・ソーヤーが明らかにしたように,創造性とは個人の単独で為されているわけではなく,他者との相互関係の中に埋め込まれているものである[6].デザインの意味が,これまでの専門家による個人的職能を越えて,社会における人々による問題解決のための方法としてとして広く使われるようになるためには,こういった実践の中にある知見の積み重ねが必要であると言える.

 

 最期になるが,もうすこしだけ付け加えておきたい.現代人の生活の周辺が情報化されるに伴って,いつでもアクセスできる情報が格段に増えた.しかし,そのことは逆に我々が接する「今,この瞬間」に対する認識を弱まらせているところがないだろうか.あとで見るために撮りためられた写真,前もって練られたシナリオの通り再現される予定調和なプレゼンテーションなど,前後の時間軸が広がったゆえに僕らは,その場・その状況で真剣に立ち向かわなければ立ち上がってこない貴重な何かを失いつつある.そういう日々の体験に対する異議申し立てとして,そしてまた,今この瞬間に我々が生きる意味をふたたび問いかけるものとして,インプロが持つ思想は示唆的な気がするのである.

 

(2014.1 情報科学研究所所報No.82)

 

 

 

参考文献

[1]インプロ―自由自在な行動表現 キース・ジョンストン 而立書房 2012

[2]インプロする組織 高尾隆,中原淳 三省堂書店 2012

[3]日常を変える!クリエイティブ・アクション プラクティカ・ネットワーク編 フィルムアート社 2006

[4]スタンフォード・インプロバイザー ─ 一歩を踏み出すための実践スキル  パトリシア・ライアン・マドソン (著), 野津 智子 (翻訳)   東洋経済新報社 2011

[5]インプロゲーム―身体表現の即興ワークショップ 絹川 友梨 晩成書房 2002

[6]凡才の集団は孤高の天才に勝る―「グループ・ジーニアス」が生み出すものすごいアイデア キース・ソーヤー (著) 金子 宣子 (翻訳)ダイヤモンド社 2009