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みえないものを、みる視点。

ローカライズしないほうが価値をうむ?

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12月にコペンハーゲンに本格的なラーメン屋がオープンしたということで,地元民の間でも大きな話題になっている.しかもあのミッケラーによる経営だ.ミッケラーと言ったらコペンハーゲンどころか世界的に有名なブリュワリーで,昨年は日本にもビアバーをオープンしている.

 

僕は個人的に飲み食いに関するブログを書くことは好きではないのだけど,日本人によるメディアであるCopenlifeがオーナーのミッケル氏にインタビューしている記事を読んで気になるところがあったので,考えをまとめるために文章にしておきたいと思う.

 

インタビューによると,

– どのようなラーメン屋にしていきたいですか?

俺がやりたくないのは、デンマーク人のために作られたラーメンだ。ベントーだって日本の味や日本のやり方をそのままデンマークで実践しているからこそ支持を得ている。当然文化が違うから、日本のラーメン文化をデンマーク人にすぐに理解してもらうのは難しいと思う。それでも時間をかけて徹底して日本のやり方を貫くんだ。この方針は曲げる気はないね。

ミッケラーがコペンハーゲンでラーメン店をオープン | コペンライフ−Copenlife

 

なんと,一切ローカライズしない,という戦略!これには驚かされた.

以前,日本人が経営している某鮨屋さんにて「デンマーク人の好みになるようにネタを大きめにしたり,味を調整してる」という話しを聞いたことを覚えているし,また世界最高のレストランNOMAは京都で懐石料理を学んで.その影響をもとに北欧文化を掛け合わせて展開し,新北欧料理として成功していると言われる.異文化に適合させるためにそういったローカライゼーションや新しく異種交配することは結構当たり前なのかと思っていた.ところが,このラーメン屋は逆に日本の味を再現することにこだわり,時間をかけることを承知でデンマーク人の舌を教育していくという方向性なのだという.

 

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「ラーメンとビール」の店内.入り口には日本からわざわざ持ってきたと思われる食券機w 見たことないし指示も日本語表記なので,みんな困っている.さらにこの券売機がデンマークのお金を認識するわけないので,券をもってカウンターまで行き,別途お金を払うという,実にわけのわからない仕組みである.となりには自動販売機が見えるが,もちろんヨーロッパにこんなものは存在せず,飾り物としておいてあるだけで使えないと思われる.

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しょうゆラーメン.店主は日本人で,味は文句なし.日本のラーメン屋で出てきても十分に美味しいレベルで驚かされた.申し訳ないがwagamama(※ロンドン発のなんちゃってラーメンチェーン)なんかと比べられない.陶器のどんぶりもおぼんも箸袋に入った割り箸も,全部日本から持ってきているようだ.本当に徹底して再現していて,我々にとってはまるで日本にトリップしたような懐かしさを感じるが,見慣れないデンマーク人にとってはアトラクションのような新鮮な体験となるのだろう.

 

かくして,このラーメン屋は部分部分のユーザビリティは低くても,顧客の総合的なエクスペリエンスの満足度は高くなるという不思議な結果を導く.心地よさを狙わないこの攻め方,"闘争としてのサービス(by山内先生)"を想起させる取り組みだ.

 

というわけで,ローカライズしたほうがいいものと,しない方がいいものの境界はあるんだろうか?ということを考えてみた.

 

食べ物に関しては,地域ごとに味を変えてあるものもあるが,視点を絞って,"本物を味わうという体験"を提供するサービスだと考えると,このラーメン屋のように品質を維持することを優先して,下手にローカライズしないことが付加価値になることもあると言えそうだ.

インテリアはどうだろう.海外の家具は日本人や日本住宅にはサイズが合わないことも多い.海外のファッションブランドは日本人向けではなく体型も手足の長さも肌の色も違う. でも派手なmarimekkoの服を着こなすのは難しくても,あの色使いが好きで着こなしたいと願う人は努力して自分にあわせつつ取り入れている.雑貨の場合は,飾りものが多いでそれほど違和感はなさそうだ.洋服と同じように個人のセンスと適合させていると言える.

 

逆に個人の嗜好を越えて,組織のありかたの問題,例えば職場のルールとか共同体のしきたりなど,国民性の根深いところにミートしてしまうものはコンフリクトが起 こる,と言えそうだ.Participatory Design(参加型デザイン)のようにスカンジナビアンの人々が長年育ててきた政治的なカルチャーに基づいているものを,それを日本みたいな縦社会の組 織に輸入して同じようなやり方で適合するかというと,簡単な話ではないだろう.またイベントにしても,ハロウィンやクリスマスなどの海外のお祭りはもとも との宗教的な意味はどうでもよく,カルチャーが違うがゆえに斜め上の独自解釈が起こって勝手に展開されている気がする.

 

気になったので,先日コペンハーゲン中央駅に行く機会が有った時に,共同経営のbento(日本食レストラン)にもうすこし話を聴きたいと思って行ってみた.

 

店主によると,ミッケル氏はいつもランチをここまで食べに来ていたそうだ.20年前なら「ローカライズしないで提供するという戦略は間違いなく受け入れられなかったと思うけど,今は日本に行ったことがある人も増えて,ニューヨークでも大人気だし,感度の高い若い人達を中心に「本場のラーメンは美味しいらしい」ということがだんだんデンマーク人にも知られてきている.だからそういう人が口コミで広めて人々の好奇心を誘っているんだと思う,ミッケル氏はラーメン屋をコペンハーゲンで開店する"機が熟している"というのを判断したんじゃないかな,というようなことを話してくれた.

 

ローカライズしない,とは言っても,まったく顧客のことを考えていない訳じゃなくて,彼は一流の舌と職人魂を持って時流を読み,人々が求めるであろうレベルを"洞察"しているのだ,と思った.