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みえないものを、みる視点。

デザインの学びからみた「デザイン人類学」の可能性

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11月8日(土)、武蔵野美術大学デザインラウンジにて開催された、Xデザイン学校公開講座エスノグラフィーとデザインを考える」にて登壇の機会をいただいた。社会人向けデザインスクールのXデザイン学校にはここ数年、あまり世の中で語られてないことについて投げかける「変化球担当」としてお声がけいただいている。そんな暴投まがいの僕の球を、校長の山崎先生をはじめ一般のみなさんも大変熱心に聞いてくださるので、僕としても貴重な言語化の機会と位置付けて毎回真剣に取り組んでいる。上の写真は山崎先生の開始挨拶の時。まだちらほら空き席みえるけど、その後満席になった。感謝です。

 

というわけで、今年選択したテーマは「デザイン人類学」。海外では盛んに議論されているものの、日本にはほとんど紹介されていない学問分野である。 この日は多くのイベントが開催されていて、聞きたかったけど聞けなかったという声も頂いたので、スライドだけでも大意がつかめるように、言葉を多めに記述したスライドを公開することにする。この言葉にご関心お持ちの方、ご笑覧ください。

 

 (SpeakerDeckのサイトに行くと全画面で見れます)

デザイン人類学は境界領域でみんな手探り状態なので、もちろんこのスライドの内容もおおまかな見取り図しか示せてない。でも最近人類学をバックグラウンドにした方でデザインに関心を持っている人はとても増えているので、面白いコラボレーションが生まれるといいな、と思う。興味を持たれた人類学界隈のみなさま、ぜひ研究会をしましょう。

 

口頭で触れた、iPhoneの開発秘話「THE ONE DEVICE」の該当部分引用はこちら。

 知るのは不愉快な事実だが、それでもきちんと咀嚼したほうがいい事実である。我々のデバイスの原料は、原始的な道具を手に、死の危険と隣り合わせの環境で働く鉱員によって供給されている。iPhoneを構成する元素の多くは、iPhone所有者の多くが数分と耐えられないであろう環境下で掘り出されている。

 

ブライアン・マーチャント. THE ONE DEVICE ザ・ワン・デバイス (Japanese Edition) (Kindle の位置No.1215-1222). Kindle 版.

 

 私は初代iPhoneの開発プロジェクトに関わった人にインタビューする時、必ず聞く質問があった。自分たちがこの世界に解き放ったデバイスについて、今どんな印象を持っていますか、という質問だ。驚いたことに、ほぼ全員が似たような愛憎半ばする気持ちを抱いていた。デバイスのあまりの普及ぶり、アプリのあまりの使われぶりに畏敬の念を抱くと同時に、常に注意を引き付けてしまうというマイナス面にほぼ全員が触れたのである。一緒に食事をするカップルが会話もせずにそれぞれのデバイスを凝視する姿は嘆かわしい限りだと。

 

ブライアン・マーチャント. THE ONE DEVICE ザ・ワン・デバイス (Japanese Edition) (Kindle の位置No.5838-5843). Kindle 版.

 

ショーンによる「リフレクションのはしご」

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リフレクションのはしご

 

 「省察する(リフレクション)」とは、簡単に言えば自分の行った行為を「ふりかえって」「見直す」ことです。哲学者のドナルド・ショーンは、省察を二つに分けています[5]。「行為の中の省察(reflection in action)」と「行為にもとづく省察(reflection on action)」です。

 

 まず、「行為の中の省察(reflection in action)」は、何かをする中でふと頭に浮かんだことや、感じ取ったことを自分の中で「吟味」のまな板の上に乗せること、とされます[6]。実践の現場の中では、常にマニュアル通りにはいかないような予想外の出来事や矛盾する出来事に出会います。その葛藤の中でまずやってみて「感じ」をたしかめたり、どうもぴったりこないなどの感覚を元にその原因を探りながら、その場をとっさの判断で切り抜けていくような、そんな実践の知のことです。

 

 デザイン研究者の須永剛司は、それをシンプルに「じゃない感」と呼んでいます[7]。デザイナーは、たくさんのアイデアスケッチを描きますが、決して頭の中に降ってきたアイデアを描き写しているわけではありません。彼らは何かをまず描いて表出すると同時に、描いたものを見て「なんだか・・・違う」という違和感を感じ取ります。スケッチするという行為の中で対話を繰り返しているのです。これを描いたんだけどこれじゃない、そのパラドックス的な感覚こそが「まだ知らない次のもの」に向けて自分のアイデアを発展生成するための原動力となる、としています。


 この「行為の中の省察」は、本来誰でも行っていることですが、臨機応変さが求められる仕事に就いている人々は、特にそのような柔軟な考え方を自分の中で血肉化しているものです。ショーンは、そんな人々を知識を豊富に蓄えた従来型の専門家像と対比して「省察的実践家」と呼びました。

 

 しかし、ショーン自身が指摘するように、「行為の中の省察」を繰り返していると、仕事に熟達するにつれて徐々に場当たり的な行為となり、それは少しづつ自分の姿を固定化していきます。自分の担当外のことは一切見ようとしない、自分はこうだからと自分の枠を決めてしまう、慣れた自分のやり方だけを信じて他者のやり方を認めない、などのいわゆる「老害」になっていくわけです。

 

 そこで意識的にふりかえり、学んだことを棄てて再び編み直す機会を持つために、「行為にもとづく省察(reflection on action)」が位置付けられています。実践の中で、自分の中や他者からの視点を通して生まれた意味を解釈し、言葉にしていくことで、次の行為の中で使うことができるということです。ショーンは、省察の段階をはしごの上り下りに見立てています[8](久保、他2013を参考に一部改変)[9]。また実践のなかで省察する行為を意図的に行わないと、人は省察しなくなるとしています。

 

 

  • [5]『省察的実践とは何か―プロフェッショナルの行為と思考』ドナルド・ショーン  鳳書房2007(原書は1983)
  • [6]『ビデオによるリフレクション 実践の多義創発性を拓く』佐伯/刑部/苅宿 東京大学出版会2018 
  • [7]『実践するデザイナーたちのデザイン知とはなにか?』須永剛司、永井由美子 デザイン学研究特集号 21(3), 4-12, 2014
  • [8]『省察的実践家の教育 プロフェッショナルスクールの実践と理論 』ドナルド・ショーン  鳳書房2017 P157(原書は1987)
  • [9]久保研二、木原成一郎「教師教育におけるリフレクション概念の検討—体育科教育の研究を中心に—」広島大学大学院教育学研究科紀要第一部台62号2013 pp.89-98

 

 

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先日、こんな原稿を書きながらショーンの本の当該部分を探していたんだけど、「行為の中の省察(reflection in action)」の説明はしつこく書いているけれども、「行為にもとづく省察(reflection on action)」については、ショーンはぼんやりとしか記述していないのだよね。

そうしたら、体育教育の文脈だけど、「リフレクションの梯子」をもとに図解している方の論文を発見!僕も図に起こしてみた。

 

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以下は、図版まわりの説明について、『省察的実践家の教育 プロフェッショナルスクールの実践と理論 』より引用。

 

 

あるレベルの活動において物事がうまくいかないとき、つまりある人が、行き詰まったり、理解していなかったり、誤解されていると感じるとき、省察のはしごの段を昇り降りすることで下位のレベルで経験したような行き詰まりや誤解をめぐるコミニュケーションが可能となる。

 

基本的にデザインする事は(これまで見てきたように)、それなりの、それ自体独自の〈行為の中の省察〉のプロセスである。1段階あがると、デザインすることについての省察は叙述のかたちをとる。例えば、「私はそれらの小さな形を集めて、より大きなL字型教室を形成した」のように。そして「それは1年生と2年生をつなげるが・・・・どちらが私には教育的にしたかったことなのだろうか」というように、叙述は評価に結びつくかもしれない。また叙述がアドバイスや批判と一体となっている場合もある。「屋根の形について現時点では心配することは無い」、「ひどいーそれでは全体の構想が全く台無しになってしまう」、などのように。さらに「君は建物の形を斜面の輪郭に合わせようとしてきたけれども、しかし斜面はねじれているのだ」のように、叙述がデザインすることの中に暗黙にふくまれている〈行為の中の知の働き〉についての言及となることもある。

 2段階上がって叙述についての省察においては、コーチは例えば、次のように自問するだろう。「『もっと大きくできれば、もっと満足いくものになりますね』と学生が言うとき、それは何を意味してるんだろうか」。また、あるいは「ペトラの大きな問題は、デザイン課題についての彼女自身の捉え方について、一体何を語っていることになるんだろうか。そこから読み取れる彼女のフレームは一体どのようなものなのだろうか」。学生の側では「回廊について、『小さなやり方の中の大きな事』と叙述することで、コーチは何を言いたいのだろうか」と問うだろう。学生は省察を質問へと向け、あるいはクイストのアドバイスに従って新しいデッサンを試みるだろう。コーチあるいは学生は、自分がした叙述に対して相手が構成した意味についても省察するだろう。例えばクイストは、ペトラが実演の全体から引き出したものはなんだろうか、そして学生が後に壊すことができる秩序を押し付けるアイデアをつかんだのかどうかと、自問するだろう。

 最後の第4段階では対話を行う人々は、対話それ自体について省察することになる。こちらは、私的であれ公的であれ、問題の理解の共有により近づいたのか、それともお互いの意味の理解を検証したのかどうか、問う。省察にあたって、コーチらが自分のコミニュケーションの取り組みに満足していなければ、「おそらく、現場を訪れるべき時だ」とか、「おそらく、異なった種類のデッサンに挑戦した方が役立つだろうと言うように、新しい戦略や手段を試みるかもしれない。

 学習の進行においては、省察のはしごを昇る形をとる必要は無い。語ることと聞くこと、実演することと模倣することにおける総合的で固有な〈行為の中の省察〉の作業は、高いレベルの省察に頼らずともうまく進むだろう。しかしながら、コーチと学生が行き詰まってしまったとき、梯子を登ったり降りたりする能力は、意味付けの収斂を探求する際に新しい可能性を切りひらくのである。

 とりわけ重要なのは、省察のはしごの昇り降りに取り組むことは、教示者のメッセージの価値について、学生が疑うことへの反応をもたらすもたらすと言うことである。(p157-158)

 



 

デザインの国際会議、4D-Conferenceが大阪で開催

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2019年10月21日から23日まで、大阪国際会議場にて国際会議4D-Conferenceが開催されます。欧州のデザイン研究者達が来日して濃い議論が行われる予定です。この会議をオーガナイズされている立命館大の八重樫文先生は研究の話題が合う数少ない研究者で、彼の使命感に共鳴するかたちで私も実行委員会の末席に加わってお手伝いしています。

カンファレンスは英語になりますので、ちょっと敷居が高いかも知れませんが、意味のイノベーションやソーシャルイノベーションなどのエッジの効いたデザインの話題に関心をお持ちの方、是非ご参加下さい。(※オープニングのトークイベントは同時通訳もあります)

公式サイトの重要なところを日本語にしてみました。

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 ■4Dとは、社会的な存在、技術の発展、ビジネスの創造と刷新のための価値を開発するためのデザインの役割を議論することを目的とした国際会議です。

この会議は、ふたつの視座から議論されます。ひとつめは、社会的価値を高め、新しい技術パラダイムを拡げ、新しいベンチャーを作成するための実行可能な条件を作成するための主なインプットとしてのDesigning Development(開発をデザインすること)もうひとつは、社会的、経済的、技術的に力をサポートしそれらの相互作用の中で行われる、アウトプットとしての Developing Design(デザインを開発すること)。

 

 ■キーワードは、 デザイン全般、デザイン思考、美学、クラフトマン精神、起業家精神、ネットワーク社会、ソーシャルイノベーション、オープンイノベーション、サスティナビリティ、技術開発、ポストヒューマン時代、ローカルとグローバル、となっています。

 

 ■会議は3つのトラックで構成されています。
トラック1:社会の開発におけるデザインの意味

  1.1:未来のクラフトマンシップのためのデザイン

  1.2:第三セクターの設計と社会イノベーション

トラック2:技術の開発におけるデザインの意味

  2.1:生産における新しいパラダイムの設計

  2.2:テクノロジーの人間化におけるデザインの役割

トラック3:ビジネスの開発におけるデザインの意味

  3.1:グローバルな市場における伝統のデザイン

  3.2: ポストヒューマン時代のビジネスのためのデザイン

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さて、この国際会議がなぜ日本、しかも大阪で開かれるのか?八重樫先生から興味深い話を聞いたので、ここにも記しておきたいと思います。

 

もともとこの組織が設立されたのには、リトアニアという国が大きく関わっています。

リトアニアは、日本人にはあまり馴染みがない国ですが、バルト海に面したバルト三国エストニアラトビアリトアニア)のひとつで、ソ連崩壊に伴って1990 年に独立した国です。独立から30 年ほど経過しましたが、国民の意識はなかなか旧ソ連時代から抜け出せていないという問題があるようです。

 

 社会主義国家に属してた頃は、共同体の中の理屈に従っていればそれほど目的を考えずに済みました。しかし、いまのグローバル化していく世界の中では小さな国だからこそ大国に負けないような、自分たちの国民性や独自の価値基準を確立していく必要があります。そこでリトアニアの人々は「デザイン」に着目します。自国の理念の再構築と、ソ連時代を知らない若者達のアイデンティティ構築のために人々と共に創造していくことを狙って、国を挙げた政策としてデザイン教育を取り入れ始めたのです。

 

国際会議「4D Conference」は、その一環として始められました。カウナス工科大学(リトアニア)と、ミラノ工科大学デザイン学部(イタリア)が提携し、世界のデザインの研究知をリトアニアに集め、デザイン文化を育成することを目的として2017年に第一回が開催されています。そして2 回目以降はその理念を元に、世界各国を巡って同じような困難を抱えた国の人々と共有しながら議論していく・・・・。そんなリトアニア人研究者の計画に八重樫先生は深く感銘を受け、所属する立命館大でホストする役目に手を挙げた、という経緯があるようです。

 

たしかに課題先進国として知られる日本も、同じく今後のアイデンティティをどう作っていくかには大きな困難を抱えています。リトアニアの悩みが日本とオーバーラップした、という八重樫先生の気持ちはよくわかります。

 

しかし、大阪は地元と言えども八重樫先生は現在ミラノで在外研究中。わざわざ一時帰国してまでこのような国際的な議論の場を作るとは・・・欧州の活発な交流を間近に見ていると、日本のデザイン界(アカデミア、ビジネス含めて)が世界に取り残されていくような危機感もあるんだろうな、と思うと、その真摯な姿勢に僕もまた感銘を受けたのでした。

 

僕自身もこの会議をきっかけに国を跨いで議論を共有し、少しでも新しい次の時代への種を蒔くことに貢献できればと思います。

 

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4D Conference公式サイト:参加登録受付中

4d-conference.com

 

4D Conference 2019 オープニングイベント(※同時通訳有り)

10/20(日)13:00-19:00

4d-conference2019.peatix.com

オープニングイベントは、キーノートスピーカーのペプシコCDOペプシコCDOや、サービスデザイン理論の第一人者、ソーシャルアントレ、ソーシャルデザインの重要人物が一堂に会する場ですが、学会参加者でなくとも誰でも気軽に参加できます。また情報交換会では世界のデザイン研究者と交流できます。

 

 

 

変化するメールのマナー

 先日あった出来事。ある企業さんとのインターンの件で学生と夜にチャットツールでいろいろやりとりしていた時、その学生が夜のメールは失礼だと言い始めた。

メールは見れるときに見るものだし、自分自身夜に来たメールに不愉快さを感じたことがなかったので「そんなことないはずだよ」とアドバイスした。といいつつも、ちょっと気になったのでアンケートをとってみた。以下スクショ。

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768票も投票してもらえたし、若い人から年配の人含めていろんな反応あったので、比較的偏りは少なめのデータになっていると思う。

というわけで、いつ送っても失礼にはならないが56%、残りの44%は時間を気にして送るべきと考えている予想を超える結果になった。逆に学生は学生で時間を気にするのが当たり前だと思っていたのに、時間を気にしないのが多数派という結果は衝撃だったよう。リプライもかなり見解が分かれた。いくつか抜粋。

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携帯の世代は,メールはリアルタイムでのチャットに近いので,深夜メールは深夜に電話をかけるようなマナー違反と思っているのでしょう。PC主体の人は何時でも良い,UUCP世代ならそもそもメールがいつ届くかすらわからない

 

先日うちのインターンシップ科目のマナー研修で某企業さん作成の資料に「深夜は避けましょう」って書いてありました。「本来メールはそういうものではない、でも現在はすぐに返事をしないと失礼と信じている人がいるから郷に入っては郷に従えの精神で」と補足しました。」(大学教員)

 

メールは非同期で読むもの」という前提がすでに同意されていない。メールアドレスごとに同期と非同期を使い分けるのが多いと思う。これは非同期なのでいつでもOKと明示が無ければ、送付時間は気にするべき

 

「システム担当の方とかは緊急時に気付けるようにするためか、スマホ転送されている方も多いようで、夜のメールにクレームをいただくこともございました」(IT企業ではたらくOB)

 

「最近のメーラーは送信予約できるので、夜に書いたメールは朝の8時にセットして送る」(うちの学部長)

 

「メールは形式張っているし内容も真剣なので送る時間はかなり気にする。LINEなどのチャットツールなら、深夜だろうがあまり気にしない。先生にでも深夜に課題の質問するのは平気」(学生)

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そして、ある方には、上司にそうされると部下には圧力が生まれる、という記事を教えてもらった。

jp.wsj.com

 うむむ、通知をつけるかどうかや、PC宛のメールをいつ受け取るかは基本的に受け取る側が決めることのはず。自分で読むタイミングや返事するタイミングを決められるのがメールのいいところだったはずだが・・・いつのまにかメールも半分ほどはリアルタイムのコミュニケーションツールのマナーに置きかわっていることを知った。すでに半分近くもそう考えているなら、確かに気をつかう必要があると言えそうだ。

 

しかし。みんなが同じタイムゾーンで暮らしているわけではないのだから、海外にいる人にメールする際には、時差を考慮して送るべきということになっていくのだろうか。通知が行くのが迷惑というなら、人が寝ているような時間にSNSに反応するのも迷惑という事になるんだろうか。同期度が高まることで不便になっている気がする。

 

 

古い船をいま動かせるのは、古い水夫じゃないだろう

https://www.aalto.fi/sites/g/files/flghsv161/files/styles/2_3_1380w_600h_n/public/midgard/images/1e7da723b1ccf34da7211e79ccba5d22419a6cba6cb-yrjo-sotamaa1_en_en.jpg?itok=Eb4LsMz6

フィンランドにYrjö Sotamaa(ユルヨ・ソタマー)という人がいる。フィンランドの名門大学・アアルト大が生まれるきっかけを作った重要人物である。

 

4年前に訪問した際に書いたブログ記事より。

研究内容に加えてなによりもコラボレーションを前提として作られた大学だけあって、組織の設計がすばらしいことがよくわかった。うーん、さすがに教育王国フィンランド。新しいことを生み出すために何が大事なのかがよくわかっている。
そして、その組織ビジョンをだれがいったいどうやって作ったのか気になって調べてみた。すると、2005年に当時のヘルシンキ芸術大学学長に就任したYrjö Sotamaa氏が、就任の演説で提唱した構想がルーツだということがわかった。

kmhr.hatenablog.com

設立の経緯は、Wikipediaにも掲載されている。

当時ヘルシンキ美術大学の学長であったユルヨ・ソタマーは、2005年の学長就任演説にて、既存の大学を合併しアールト大学を創設するという提案を行った。そうすれば、ユニークかつ学際的な大学が誕生し、革新的な考えを生み出すことができるようになるとソタマーは考えたのである。

フィンランド教育省はこの構想に注目し、金融省のトップであるライモ・サイラスに声をかけ、大学合併の可能性を探る調査官に任命した。サイラスのグループは、合併はフィンランドのアカデミズムと経済にとって有益であると報告した。この調査結果をもとに、フィンランド政府は2007年11月11日、合併プロジェクトを進めることを決定した。

 

ソタマーは、ヴィクターパパネックの生徒でもあったそうで、名著「生き延びるためのデザイン」には若き日の作品が掲載されている。

 

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まだ誰もピルのパッケージにデザインの課題があるとは思ってなかった頃の取り組みである。(1960年代)

 

 そんなある日、現在アアルト大の大学院に留学している川地君が以前「フィンランドデザインと文化;独立とデザインの歴史」という記事で興味深い事を書いていた。

その中の最も熱量あふれる学生グループが行動を起こし、他の北欧諸国で同じような憤りを感じる学生に働きかけ、国際的な組織を作りました。彼らは当時の教育を風刺するような展示や政府への嘆願書に加え、シンポジウムの開催により、デザインをより道徳的、社会的、環境的な影響を考慮したプラクティスに昇華させるに至りました。 (このシンポジウムに関しても非常に面白いのですが長くなるので割愛)

 

note.mu

 ふむふむ、それは興味深い・・・と感じて、この学生グループに興味を持ち、いろいろ調べてみた。そうすると、このソタマー氏こそがこの学生運動を牽引した議長だったことを知った。以下のプレゼンテーションの中で、自ら語っている(12分頃)

youtu.be

 Scandinavian Design Students’ Organizationの活動やその影響は以下の論文に詳しい。

Make us more useful to society!’ The Scandinavian Design Students’ Organization (SDO) and Socially Responsible Design, 1967-1973

Alison Clarkehas shown that Papanek’s involvement with the Nordic design scene formed thebasis for his seminal book Design for the Real World –Human Ecology and Social Change from 1971(Clarke 2013a,161).

 

学生達がパパネックをフィンランドに呼び、パパネックがそれに影響受けて、「生き延びるためのデザイン」の主張の原型ともなった(!)とか、学生達が自分たちで雑誌を発行して言論活動を行い、それが北欧のデザインの潮流になっていったとか、政治活動化して組織が崩壊して解散していく過程とか、そんなことがまとめられている。

 

最後の33Pにある注釈には、上の講演の言葉を引用して

The significance of the seminar is underlined in the following quote from Yrjö Sotamaa:“Suomenlinna Seminar can be seen today as a pilot project for the present Aalto University. The challenges Aalto wants to answer, relate to the key themes of Suomenlinna to ’building a better and more responsible future, interdisciplinary approach combining design, technology and business in education and research and enhancement of the innovativeness of Finland"

と書かれている。若き日に諸分野を繋いだ経験があったからこそ、専門の学部を繋ぎ、全体で学際的な問題に取り組んでいく大学をつくろう、という発想ができたわけだ。半世紀前にはられた伏線が、講演の中で見事に回収されていることに驚かされる。

 

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現状を変えて行こうとする学生たちの活動から始まって、今の先進的なフィンランドのデザイン文化が形成されるに至ったという話。

 

7/23の夜、一時帰国中の川地君を囲む会合(於:渋谷のカラオケボックス)があり、そこで芸大デザイン科の院生である平山君にお会いした。

note.mu

彼はデンマークのコリングデザインスクール留学からの帰国直後で、芸大の現状に対して問題意識を持ち、学生と教職員が対話できる場をデザインできないか、と考えているそうだ。

このエントリを、未来をつくろうと行動している日本の学生達に捧げます。

 

古い船には 新しい水夫が 乗り込んで行くだろう
古い船を いま動かせるのは 古い水夫じゃないだろう

なぜなら古い船も 新しい船のように 新しい海へ出る
古い水夫は知っているのさ 新しい海のこわさを
(イメージの詩/吉田拓郎 1970)

「情キャリでコントする」の巻 台本

3年生向けの情報キャリアデザインで「私のキャリア」についての講演を依頼されました。学内で知っている学生たちなので、ちょっと攻めたことに挑戦してみようと思って、学生や先生の協力を得てコント5連発をしてきました。5つめのコントの台本を公開しておきます。実際にはこれに各自のアドリブ芸が加わっています。

 

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#5「情キャリでコントする」の巻

 

ナレーション=福田さん

小林先生=小林先生

川上=川上くん

 

ナレーション(ここは専修大学10号館。静まりかえった6階の研究室のフロア)

 

小林「(コンコン)上平先生、いますか?」

上平「はーい、おや小林先生、どうされました?」

小林「実は、僕の担当している情キャリで、専任の先生に自分のキャリアを話してもらう、という枠があるのだけど、7月2日の回、そこで1コマ講演してくれない?」

上平「え!情キャリ!あの大教室で3年生全員集まるやつですか?嫌です!」(即答)

小林「そこをなんとか」

上平「いや、それだけじゃなくて、実はその前の週末にデザイン学会の発表があって、あと火曜の情報表現演習も新規内容になっていて、とてもじゃないですけど、その辺は時間ないんですよぉ。」

小林「そこをなんとか。というか、僕が聞きたい」

上平「うーん」

小林「いきつけの『鬼のかくれば」で酒を奢ろうじゃないの」

上平「飲み仲間の先生にそう言われれば、断れるはずがない・・・・わかりました。やります」

小林「頼んだよ!じゃ」(笑顔でドアを閉めて退出)

 

上平「とはいえ・・・困ったなぁ。どうしよう・・・。普通にパワポ使って話したところで彼らが聞くわけが無いんだよな。うーん。いや、まてよ。2年前に講演に来てくれたお笑い芸人が、若手は何万かお金払ってステージに立っているって言ってなかったっけ。金払わないでオン・ステージを二百人以上の若者達が聞いてくれるってのは・・・よく考えれば、おいしい機会なのかも知れないな。しかも普通のお客さんは外しまくったら席立つかも知れないけど、彼らは逃げない。僕がどんなに寒いことを言っても、逃げない。いや正確には逃げられない。

よし、逆に考えてるんだ。請け負いの講演ではなく、新しいことの実験の場と考えるんだ。そうすれば前向きに考えることができる。(ぽちぽちと携帯でメッセージ打つ仕草)うん、まずはステージ衣装が要るな、いつも黒い服を着ているけど、たまには派手なシャツを買ってみよう」

 

川上ステージに来る

 

川上「(コンコン)先生、お邪魔します」

上平「おお、兄ちゃん、じゃなかった今年の上プロのリーダー、アクティビティに定評のある川上君じゃないか。呼んで10秒でやってきれてくれるとは。さすが。急に呼び出してごめんね」

川上「どうしました?」

上平「いやー、実はさ、今度の情キャリで講演することになってさー」

川上「マジっすか。それは笑える」

上平「笑うなよ!」

川上「すみません」

上平「でもね、せっかくの機会なので、自分を超えようと思ってさ」

川上「先生が自分の限界を超えるってことですよね・・・うーん、滑舌と早口が倍速に・・・壊れかけのラジオみたいになっちゃいますね。」

上平「壊れ〜かけの〜Radio♪   って、違うわ!次僕の滑舌について触れたら上平プロジェクトは全員単位あげないからな!  そうじゃなくて!せっかくなのでこの機会を通して、デザインの大事なことに気付かせられるんじゃないか、って気がしてるんだよね」

川上「はあ」

上平「例えば講演っていうとさ、なんだか偉そうな人がやって来て、自分の自慢話をして、なんか教訓めいたことをまとめて、それを箇条書きにしてパワポめくりながら話す。っていう、そんな型ができちゃっているじゃない」

川上「だいたいそうですね」

上平「学生達にしても社会人にしても、もう普通に進行する話なんて聞きたくもないんじゃないかと思うんだよね。パワポ使った予定調和な話だと、眠くならない?」

川上「なりますね」

上平「あれは実は講演者を助けるために作られたツールなんだよ。自分の姿に視線を集中させなくて、スクリーンの方にそらすことができるだろ?それで恐怖感から逃げることができるってわけだ。でも、本当はそうじゃなくて、プレゼンを届ける側の、観客や学習者が良い時間を過ごせるかどうかを問い直すことは必要だよね」

川上「そう思います。そこをもう一回定義しなおそうとすることが、たぶんデザインする人が持つべき姿勢ですよね」

上平「そうなんだよ!安易に既存のフレームに乗らないで、例え失敗するかもしれなくても、その怖さを背負った上で、古い自分を乗り越えるために立ち向かうこと。僕はそれこそが大事だと思っているんだ。大学の教授とかだと、過去に得た知識だけで過ごしていると思われているかも知れないけど」

川上「え、違うんですか?」

上平「いやいや、専門家ほど、それまでの必殺技を捨てて闘うのさ。オーディエンスの3年生たちに『俺もゼロから挑戦して居るぞ』と、自分が恥かきながらも新しい伝え方のデザインを探っている姿をさらすのなら、パワポには決して書かれないような意味が読み取れるんじゃないかな・・・

川上「いやどうでしょう。みんなツイッターで晒して笑うんじゃないでしょうか」

上平「そうかもね、まあそれでもいいや。」

川上「先生!そういえば、前に芸人なりたいって言ってましたよね。それなら、聞く側が楽しくなるような、コントをするってのはどうですか」

上平「うん、それな。スライドでは寝ちゃう奴も、コントなら何故か自主的に動画まで撮るだろうから、今の出来事に集中するって意味ではありだと思う。僕も一部コント形式を取り入れようかな、ぐらいまでは思いついたんだけど・・・いまいちまとまらなくてさ。」

川上「講演全部をコントにしてしまえばいいんじゃないでしょうか。全編フリップブック。それでどうですか?」

上平「おお、それだ!全部コントにしてしまえばいいのか!よしイメージ湧いてきた。そうだ、ついでにお前らも出てくれるよな。そういえば、こないだカンパしたキックオフ飲み会の時の酒はうまかったなぁ」

川上「え」

 

ナレーション(そうして私たち上平プロジェクト全員も、この講演にいつの間にか協力させられてしまうはめになったのでした。おしまい)

 

 

「49mm」という数字

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au Design project 15周年を記念した展覧会「ケータイの形態学」展(2017年7月)が書籍にまとめられたそうだ。なんと、今は公式サイトで全文公開されている。

onlineshop.au.com

僕は丸の内のギャラリーまで展示を見に行ったのだけど(上の写真)、その時会場でInforbar C01の解説に付けられたパネルの文章が印象深くて、今でもよく覚えている。書籍にも掲載されていたのでちょっと引用してみたい。

 

「手とスマホ
携帯電話の設計にあたっては、幅49mmが手にしっくりくる最適値とされてきました。ディスプレイが大型化するにつれての理想的な幅の実現が困難になっても、なんとか50mm台前半に収めようとデザイナーもエンジニアもコンマ1mmの闘いに挑んでいました。スマートフォンはそんな概念を一気に吹き飛ばし、60mmを超える幅が当たり前になりました。指先の記憶で見ずに打てたキーも、タッチパネルを見ないと打てなくなりました。(P142)

 

49mmという、具体的な数字が記されている。たぶんそれ以上になると持って使うのが困難になる、ということで人間の手のひらの大きさから逆算して割り出された数字なのだろう。たしかに、ガラケーの時の幅はそのぐらいだった気がする。

 

 

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そして今日。巨大化したスマフォは、いつのまにか指を通して安定させるための金属のリングが装着されるようになった。写真はうちの学生のもの。学生が付けているのに気がついて「ちょっと写真とらせて」とお願いしたら、両隣の学生もやはり付けていて、まとめて撮影した。いまの10代はだいたい付けているそう。カバーもほぼ100%つけているから、本体との接着面がどうのこうの、ということも気にする必要もない。

 

メーカー側は「使いやすさ」を信じてコンパクトにすることにみんな命をかけていたが、ユーザーは大型ディスプレイを前にして、自分にとっての価値を見出せばそんな想定された最適値を容易に飛び越えてしまう・・・、それを中の人が(微妙な悔しさを滲ませながら)省察しているのがとにかく衝撃だった。

 

カバーを付けることすら嫌ったといわれるジョブズは、こんなリングを標準で付けることは絶対に許せなかっただろうし、ユーザーが自分たちで新しい持ち方をあみ出すようになるとは想像もできなかっただろう。(ちなみに僕もつけようとは思えないんだけど・・・)

 

でもメーカーが出すスタイルに縛られないで、たとえダサかろうが必要に応じて自分たちで加工する、そうすることが許されている、そんな開かれた人工物のあり方は正しいとおもう。

 

そんなことを考えた日、奇しくも授業は設計したものをあらかじめ決めた指標によって事前に調べる「ユーザー評価」の回だった。

 

 

プレイ・マターズの邦訳が出版!

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ゲーム研究の第一人者ミゲシカールによる「プレイ・マターズ」の邦訳が発売された。物空間人間人間関係など多様な事柄が関わ「遊びの生態系全体の観点から遊びをとらえていく壮大な思想書である。翻訳も非常に質が高いのでお勧め。そういえばハーフリアルを翻訳されたのも松永伸司氏。貴重な本を訳していただき、ありがとうございます。

 

filmart.co.jp

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with Miguel. 2015.6.15 at  IT University of Copenhagen

実は、ミゲルは僕が研究員として滞在したITUの准教授。デザインのグループとゲームのグループは同じフロアで隣のエリアだったので、研究室も近くてちょくちょくと会話したっけ。彼もインプロに関心持っていて、僕の話も面白がって聞いてくれた。なお、ITUのゲーム研究グループは世界最先端の牙城で独特のカルチャーがあって、彼だけでなくみんなとんがった研究をしていて、話をきくのがとても興味深かった。あのイェスパー・ユールもここの出身だ。

英語版のPlay Matterはこのときに彼にもらったモノ。

 

 

 

「プレイ・マターズ」はフィルムアート社のサイトでまえがきを試し読みできます。

 

www.kaminotane.com

遊ぶことは、世界のうちに存在することだ。それは、自分を取り巻いているものを、そして自分が何者であるかを理解する形式であり、他者と関わりあう方法だ。遊びは、人間であることのひとつのモードなのだ。

 

www.youtube.com

本文で紹介されているninjaというゲームは、Youtubeでも見ることができる。

 

ニンジャはターン性のゲームであり、攻めと守りの素早い動きが一回づつ許されている。動作を止めることは出来ないし、立て続けにいろいろな身振りをすることは出来ない。個々のターンごとに攻め、または守りの動作を一回行うことができるだけである。プレイヤーはニンジャというゲームを通して場所をのっとり、人の輪をつくってはすぐに崩し、その空間を荒し、それによって空間を実質的に制圧する。一方でニンジャは社会文化的な意味においてもその空間を流用する。つまりさっきまで駐車場だったところが戦場に変わり、快を生み出す土地として開拓されるのだ。また、このゲームは学校や戦場といった(まじめな)公共の場でプレイされる場合には、毎日の長い業務時間を切り抜けるのに役立つ笑いの価値を引き出すことが出来る。ニンジャはまさに乱雑に広がっていくと言う性格を通じて、それがプレイされる空間を流用しているのである。

 <中略>

遊びに使われる物のデザインに(もともと)どんな意味が込められているかに関係なく、遊びにおいてはつねに、わたしたちはそこに巻き込まれる物に対して遊びの文脈に即した意味づけをしてしまう。遊びはそこで使われれるものを流用することによって成立するものなのだ。

(P32,34)

 

 

 

 

現実の中での歴史

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古いデザイン書を読んでいたら興味深かったのでメモ。

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このような容易につくられるというすぐれたシンボルのもつ物質的属性をポスターに利用しようとしたのは、杉浦康平粟津潔であった。彼らは原水爆禁止協議会から、その運動のためのポスターデザインを依頼された時、12本の線が1点から放射状に出る単純なデザインのシンボルを作った。原水爆反対のための運動は幅広く行われる必要がある。それには本部から発布されるポスターだけでは不十分であり、会員、あるいは会員外の誰でもこの運動を広げようと思ったものが筆と紙さえあればすぐ描くことが出来る。そうして運動が推進されなければならない、というのが杉浦たちの主張であった。


ところが、原水協の役員諸氏は、それが抽象的な形態をしているから、なにがなんだか分からない、運動員は地方で大衆を相手にどう説明すればよいのか、と非難がかなり強かったらしい。しかし、ある特定の意味だけをもったサインはサインとしては用いられるだろうが、幅広い人々のシンボルにはならない。それは十字架のようにその人の主観によってどんな意味でも付け加えられるモノでなければならないのである。


<中略>


杉浦は、12本の線が一点からまったく同じように放射状に出ているだけではあまりにデザインとして単調だと思ったらしく、斜め上に出ている一本を削り、横の一本だけを細くデザインしている(図参照)。なぜこうなっているのか。原水協の委員達は、この点に大いに詰め寄ったらしい。取り立てて意味などというものはありはしない。

 

ところが、このポスターが散布されたとき、地方の大衆の中には、「これは原水協の運動がまだ不十分なところがある」という意だ、とか、「もう一歩で完全な平和に近付く」という意味だと解釈したという。一つのシンボルが真のシンボルとして社会の人々の中に入っていくためには、現実の中での歴史が必要なのである。けれども社会的シンボルとしてのデザインは、必ずしも明確に人々に意識されるモノばかりとは限らない。むしろ無意識の中に影響する面が大きく、それゆえ人間生活にあたえる影響は計り知れないほど大きい。

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強調は上平によるもの。

川添登「デザインとは何か」角川選書 1971

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今和次郎の弟子であり、メタボリズムのメンバーであった川添氏による論考。昔の骨太なデザイン論をひっくり返していると、いろいろ発見がある。

 

 

 

 

 

 

 

アラスカで見た人形に、デザインの本質を見た気がした

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Tea doll.  Fairbanks, Alaska,USA 2009


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 これは2009年の夏、私がアラスカのフェアバンクスという街に一ヶ月ほど研究で滞在した時、現地の人形コレクターの女性の家で見せてもらった古い人形です。一見して年季の入った手作りのもので、21世紀の今の目から見ると、お世辞にもかわいいものとは言えません。しかし説明を聞くと、この古ぼけた人形がまるで変わって見えてきます。


 まず彼女に、「持ってごらん」と言われ、私は手に人形を持ちました。ずっしりと重みが伝わってきます。どうやら中は通常の人形のように綿が詰まっているわけでは無さそうです。うろたえていると、「嗅いでごらん」と言われ、私は鼻を近づけてみました。なんだか爽やかな匂いがします。この人形の中には綿ではなく、なんとお茶の葉が詰まっているのでした。

 

 なぜでしょうか?そのコレクターの説明によると、これをつくったイヌー族というカナダ先住民の生活文化が背景にあります。イヌー族は元々、夏はカリブーの群れを追い、冬はアザラシや魚を追うために移動するという一カ所に定住しない生活を古くから続けていました。定住しないということは移動しつづけるということです。住処ごとまとめて長距離を移動する際には、荷物を制限しなければなりません。そこで家族が極寒の中を団結して移動するためには、どんな小さなよちよち歩きの⼦供もふくめて全員が荷物を分担して運ばなければならないという厳しい掟があったのだそうです。

 

 しかしながら、何かの荷物を運ぶことを小さな子供にお願いしても、完遂することはなかなか難しいでしょう。単なるモノを運ぶのはつらいものですし、休憩の途中で忘れてしまえば大事なものを紛失してしまうかもしれません。そこで、⼦供たちが意識せずとも雪道の中で自分のものとして大事に抱きかかえて運べるように、人形の中にお茶の葉が仕込まれているのでした。これだと子供は喜んで自力で持つことができますし、隊列の⼀員として立派に役割を担うこともできます。


 後日調べてみたところ、人形にお茶の葉を詰めるというのは単発のアイデアというわけではなく、かなり古くから遊牧民であるイヌー族の中で広まっていた文化のようです。Tea dollという名前もつけられています。

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www.saltscapes.com

No one knows exactly when the tea doll tradition began. Madeleine Michelin, 68, of Sheshatshiu, had a tea doll as a child and remembers many stories of her mother and grandmother also playing with the dolls. The Smithsonian Institute collection contains several dolls obtained in the early 1880s from Innu people who traded at the Hudson's Bay Company post at Old Fort Chimo, Labrador.

 

 彼らは決してデザインを学んでこれを作ったわけではありません。また商売を意識して作ったわけでもありません。だからこそ、私は人形を抱きながら思わず感動しました。

 

 厳しい生活の制約の中で、生きる原点のようなところに人々の知恵が宿るのだと。もしかしてこれが本当のデザインと呼ばれるものなのではないか、と。これまで私は数え切れないほどのさまざまなプロダクトを見てきましたが、現時点でこの薄汚れた不格好な人形こそが人生の中でもっとも感動を受けたデザインだ、と思っています。


 さて、この人形におけるデザインを、いくつかの視点から解釈してみましょう。まず、ここで行われていることは、荷物の制限という視点から、ぬいぐるみの内部というスペースに気付き、そこを活用したということです。つまり「なんらかの困りごとを捉え直し,よりよい解を生み出している(問題の発見と問題の解決)」と解釈できそうです。先に紹介したハーバート・サイモンやジョン前田など多くの人が,デザインとは問題解決である、と捉えています。特定の問題に対処して解決する、それによってよりよい現実を描き出すというのは、前後が明確で非常に分かりやすいと言えます。


 その一方で、それだけでもない気がしないでしょうか?問題解決という視点では、たしかにこの人形は荷物のスペースの問題を解決しています。しかし、単純に問題を潰しただけでは、マイナス点がゼロになることはあっても、プラスになること、つまり我々が心地よい感覚を感じることはないはずです。もし、我々がこの人形に「極寒の地に生きるたくましさ」や「対等に役割を持つようにする優しさ」などのストーリーを意識的に感じるのであれば、そこには問題解決だけでは説明の付かない、なんらかの要素があることは明らかです。そこで、もうひとつの解釈として、デザインとは「意味を与えることである」という言い方がされています。デザイン理論家のクリッペンドルフや、彼に影響を受けたベルガンティなどの理論です。つまり別の見方をすれば、この人形を作った人は、「抱きしめて慈しむ玩具」から「みんなの大事なもの」へと、人形の意味を変え、それによって子供を「よちよち歩きの危なっかしい子」から「濡らさず大事に運んでくれる運び手」へ変えています。意味を変えることで、共同体の中での役割を新しく生み出しているわけです。

 


 この解釈から見えるように、「問題発見・問題解決」と「意味づけること」は決して別々のことではなくて、どこから見るかの「見方」の違いです。実際にこの人形の中にはどっちも含まれていることがわかるでしょう。良いデザインはふたつの見方を両立しています。


 この二つの視点、「問題解決」および「意味生成」の視点は、よくデザインの本で言及されていることです。ここからもう一段階進めてみましょう。私は、これに加えて、そのデザインをする「主体」は誰なのか、が重要になると考えています。デザインが産業に取り入れられた高度成長期以降、前述した通り、いつの間にかデザインはデザイナーがするものという職能的な意味に変化してしまいました。しかし、この人形は、市井の人々によって作られたものです。そして経済的な価値とも無縁のものです。それを強調するために、私は意図的にこの古ぼけた人形を例示しています。この事例からは、あり物を消費するのではなく、よりよく生きるために生活を自分たちのアイデアで変えていく、そんな主体的な活動を読み取ることができます。それもまたデザインの姿であり、我々一人一人が発揮していくべき知恵であるはずです。

「ひとは誰でもデザイナーである。ほとんどどんな時でも我々のすることはデザインだ。デザインは、人間の活動の基礎だからである。ある行為を望ましい予知できる目標に向けて計画し整えるということが、デザインのプロセスの本質である」

ヴィクター・パパネック

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とある原稿のプロトタイプバージョンです。

 

僕がよく講演で紹介するこの人形の話。エスキモーがつくった人形だと長年思いこんできて、そう話してきたのですが、ネットでよく調べてみたところ、カナダ先住民のイヌー族の文化だそうで、イヌー族はイヌイットではないことが強調されてます。というわけで、ちょっと事実誤認があったので訂正しておきます。