Kamihira_log at 10636

みえないものを、みる視点。

「情報デザイン」という言葉の説明

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DMM社のジャングルのようなオフィスにて収録された,デザイナー源賢司さんとの対談がDMMのオウンドメディアに掲載された.

inside.dmm.com

こうやってさらっと読める記事になってしまっては見えないことだけれども,僕にとっては記事になる前の対談の体験と比較できるのでなかなか興味深い.あちこちに飛びまくった当日の話が(スミマセン),ひとまとまりの流れをもった会話へと再構成され,それでいて部外者にもわかるような言葉使いになっている.質の高いプロフェッショナルな仕事ぶりを見させて頂いた.

 

それにしてもまったく,冒頭の「情報デザイン」の言葉の説明はなんど経験しても難しいものだ.

上平:情報デザインをひと言で説明するのは難しいのですが、言葉が生まれた経緯は説明できます。90年代ぐらいからコンピュータが一般の人々の生活に入って来るようになり、webサイトをはじめ、いろんな新しいメディアが生まれました。その中で『プロダクト』や『グラフィック』という言葉では扱えない、新しいデザイン領域が注目されるようになりました。当時はまだITも草創期で未分化だったし、一部の人以外みんなよく分かっていなかったので、それを全部ひっくるめて『情報』のデザインとして扱ったわけです。そのため、何を指すのか解釈が曖昧になっているという事情があります。

 

と簡単に説明したが,当時はインターネットもまだ本当に発展途上だったし,この言葉が生まれた頃とはもう状況が変わりすぎている.2000年頃の情報デザインには,UX,UI,IA(情報アーキテクチャ),コミュニティデザイン,wayfinding(案内・誘導),インストラクション(説明),マニュアルライティング,編集術,インフォグラフィックス,データビジュアライゼーション,グラレコetc,今ではそれぞれ名前が付いているものが全部含まれていたように思う.一言で言うならば過渡期の言葉だったのだ.それをいま簡単な説明で収拾つけられるわけがないし,説明されてもみんなピンと来ないのは当たり前でもある.

ちなみに,その後広く普及したUser Experience(UX)は情報デザイン分野でも草創期から重要視されていて,2000年頃には相次いで重要な書籍が出ている.

・Nathan Shedroffの「experience design」は2001年

・J.J.GarettのThe Element of User Expericeceの図は2000年

渡辺保史「情報デザイン入門」2001年

したがってインタラクティブな情報メディアのデザインを行う場合には,自分がつくる対象だけではなく,それを使うユーザの「使う」という経験まで含めた「かたち」を頭に描いておくことが欠かせないことになる.
—情報デザイン入門P52

 

 その後20年ほど経過し,情報デザインはたくさんの言葉へと枝分かれして普及していった.UIやUXはIT企業やメーカーなどが先導して新しい専門領域として急速に業務に取り入られて今に繋がっている.その一方で,ビジネスにつながりにくいパブリックなデザインや教育の分野は動きが遅かった.そして新しく参入する人もそれほど増えなかった.僕が渡辺さんの遺稿「Designing Ours 自分たち事のデザイン」を出版することに燃えたのは,ビジネスではない方の枝にかろうじて実ろうとしていた,数少ない成果物でもあったからに他ならない.

 

そんなわけで「情報デザイン」という言葉を蘇らせるのであれば,新しい解釈が必要だ.特に教育の場向けの基本や原理を考えるために,である.記事の中で書いた「分解」「再構成」,そして「態度」というあたりは,ひとつの指針となるかもしれないと思っている.

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2001年のデザイン学会オーガナイズド・セッションのリアルタイムドキュメンテーションを後日整理し直したポスター(おそらく原田先生のお仕事)

 

 

 

お笑い芸人とコンビを組む

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先月に渋谷で開催されたUX dub Vol.3のレポートが公開されている。僕とお笑い芸人の野村くん(オシエルズ)のコンビでインプロのワークショップを実施した時のもの。

www.ajike.co.jp

僕のスライドもここでも公開。

 

  元々は教え子のNさん経由で昨秋にアジケ社の幹部の方々と酒飲んだとき、酒の勢いで「やろうやろう」と盛りあがったのが発端だったんだけど、そこからアジケのみなさんガチで企画してくださって、なんと本当に開催されることになった。

 社長・副社長含めて社員全員がインプロを経験する、というのはトップダウンの命令でもない限りなかなかできないことだし、クリエイティブな組織作りとしてとても面白い試みだから、それはぜひとも応援したい。でも、その一方で僕自身がマンネリ化しつつある危険を感じていた。インプロは常に壊しつづけなくてはならない。「こうすればこうなる」という経験則で何度も同じことを繰り返しているうちに固定化し、次第にインプロがインプロでなくなってしまうのだ。僕とて一生学び続けなければならない身なので、崩して再構成するために外からの刺激と新しい挑戦が必要なのである。というわけで、本職のインプロバイザーでもある野村くんとコンビで進めることを提案し、無理言って聞いてもらった、という次第。

 

その結果、僕も野村君のファシリテーションが新鮮だったこともあって、いつものワークショップの倍以上は楽しい時間を過ごさせていただいた。コンビの相乗効果ってこういうことか。僕に限らず、教員はいつもピンだ。だからステージを他者とのコンビネーションで作っていくことは経験がない。野村君はオシエルズでもツッコミ担当というのもあるが、僕のボケ(・・・じゃなくてすべったところ)を拾うのがとても上手で、相方がいることがこんなに有り難いことだとは始めて知った。そして野村くんが参加者が刻々と変化していく様子をよく見ながら即時的にメニューの調整を計っているのはとても勉強になった。

 

 こういった予定調和ではないワークショップは、常に失敗ととなりあわせだし、ファシリテーションの腕によって同じメニューでも激変する。だからこそ毎回が真剣勝負だ。日々精進していきたいものである。そして彼ら芸人と接する度に思うのだが、しなやかさが羨ましい。僕も芸人計画を進めなくてはならない。

 

 

"厄介者"をめぐる、ご近所協働。

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岡本太郎美術館の2017年度教育普及記録集に寄稿したエッセイを転載)

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 一見マイナスな物事を、別の視点から見ることで価値を生み出せないだろうか? 専修大学上平研究室では、学生たちとそんなデザインの実験をしています。昨年度の学生だったOさんが挑戦したのは、外来植物を使って自作のロールペンケースを作るというワークショップ。春から準備を進め、ある秋の休日の日に実施されました。

 

 まず、生田緑地運営協働事業体さんの協力で、緑地内に自生しているセイタカアワダチソウやブタクサらを採取します。採取した素材をもとに、岡本太郎美術館さんのアトリエに運び、子供達と一緒に布地の草木染めを行いました。草木染めの方法は私もOさんもほとんど知りません。事前に日本民家園の方に色々と教えて頂きました。

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 次に、その自然の染料で染められた布の上に、樹脂顔料を使ってTAROの作品にインスパイアされた自分の表現を行います。そうして素敵なロールペンケースが出来上がりました。子供達が行ったデザインには、巻いていくと太陽の塔らしき顔が並んで見えるようになる、という形態の特徴を活かしたユニークなものもありました。

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自分で作り進めたものには、販売された商品には無い特別なストーリーが加わります。ペンケースは持ち運べますので、ちょっとした自慢としてその背景を語ることができます。子供達は植物の生態系とTAROのアートについて学ぶとともに、それらを実際に生活の中で利活用することができる、というわけです。


 ささやかな取り組みでしたが、このワークショップにおいて、厄介者の外来植物達をストーリーを持ったモノへと変化させることができたように思います。

 

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 よく考えてみれば、植物はただ持ち込まれた先で生きているだけであって、「厄介者」とは人間の立場から見た呼称にすぎません。しかし、その外来植物によって緑地にある4つの組織は繋がることができました。我々は徒歩10分圏内のご近所さん同士でありながら、普段はなかなか接点はないのですが、彼ら(外来植物)が、普段出会わない人間同士が協働する機会をもたらしてくれたわけです。

 

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 そこには新たな価値が生まれていると言えます。何が「良く」て何が「悪い」になっていくのかは、主語の捉え方次第、さらに我々の取り組み次第で変わっていくわけです。決して事前に決まっているものではありません。このワークショップを通して、美術館を包んでいる静かな自然は、私たちにそんなことを教えてくれたように思います。

 

 

 

 

ぐるぐる検索ワークシート(30circles改)

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30circle頭脳活性化のための30circlesのワークシートをつくりました。人力で脳内を検索するという意味で、google検索パロディの「ぐるぐる検索」というネーミングにしています。ここにアップしておきますので、自由に印刷してお使いください。

(3/20のUX dub vol.3のワークショップ参加者向けですが、検索でみつけやすいようにここで公開しておきます)

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手順

1)A4用紙(1枚目)
 に5×6列の丸があります。

2)Powered by のあとに自分のなまえを入れましょう。

3)丸から連想する図像を順に
書き加えていってください。(例:りんご)

 図の下にちいさく名称も書いてください。

4)「バリエーション」は禁止。
(例:りんごとあおりんご)

5)制限時間 5分(300秒)=10秒に1つかければ全部埋められる計算

6)グループで結果をシェアしてみましょう。検索結果は,それぞれで違うはずです.
 何が,どのようなプロセスで描かれているか,観察してみましょう.

7)描かれている図像の個数は「イメージ生産の流暢さ」を表します。
図形の多様性は、「見方の切り替えの多さ」を表します。

たくさん出る人は,何が違うのでしょうか?
パフォーマンスのよい人に「秘訣」を聞いてみましょう。

8)AIならとてつもないスピードと多様性で検索してくれるでしょう。わざわざ「人力」で必死で出力する意味はなんでしょうか?その意味を考えてみましょう。

 

このあとにさまざまな解説がつきますが、ここでは略。

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(以前のブログのアーカイブより過去記事を発掘)

30circles:想像することの流暢さと柔軟さを計測する実験
04/26/2008 11:00:28

30circlesという発想力トレーニングがある。まず準備として、A4程度の紙に5×6列の30個の円(500円玉ぐらい)をフリーハンドで描いておき、そこに「よーい、ドン」で丸に関連する図像(野球のボールとかリンゴとか)を自由に書き込んでいく。複数にまたがるのも可(メガネとか信号とか)。しかし、「りんごとあおりんご」のように似たバリエーションを延々続けて数を水増しするのはなるべくやめて、図像のチェンジを繰り返していこうと指示を加える。


制限時間は5分。10秒に一つのペースで書いていけば制限時間内に全部埋まる計算だが、実際やってみるとこれがなかなかそうはいかない。言われさえすれば丸いものなんて山ほどあるのに、似たようなもの(コインやら顔やら)が続いたり、焦れば焦るほど出なくなったり・・・。2年生向けの講義のオリエンテーション時にちょくちょくやっているが、専修大の学生で平均15〜20個程度。(速い学生でたまに30個埋まるのがいるが、5分あっても10個行かないのも結構居る。いかに普段そういう方面に頭を使ってないかだな(苦笑)。実はこのトレーニングはその人の頭の中からイメージがどのくらい流暢で多様に湧き出すかを計測するテストでもあるのだが、ちなみに、最初はうまくいかない人も、訓練をつむことで(テーマ変えても)スコアを伸ばすことができるようになるといわれている。体験を通して、臨機応変にアイデアを生むためには、次々と展開を切り替えられるような頭の中の回路そのものが大事であることに気付く、というわけである。

 

このトレーニングの出典は、スタンフォード大学独自のデザイン教育の源流のひとつでもある伝説的な名著「experiences in Visual thinking」(Robert H.Mckim ,1972)ロバート・マッキムらによる創造的な能力を開発していくための各種トレーニング手法が紹介されているが、この原典を読むと、人間をシステムがサポートするような21世紀の様子とは違って、アナログに人間の内部のパフォーマンスを上げていこうとする思想がありありと表れていてなかなか興味深い。(出版された当時に考えられた方法ばかりだけど、今でも十分有効なものばかりだな)30circlesが紹介されている周辺部分をちょっと訳してみた。ちょっと意訳入ってます。

かたちを持った想像」を実践する場合、ほとんどの学生らには(表現・検証・展開の一連の思考ステップの中で)アイデア表出を得るステップがもっとも難しい部分になる。画面の用紙は脅迫的なほど真っ白で、創作力はつまずき、スケッチの中に表わされることは何もかもが意図したことと違うものになってしまうのだ。次の段落では、用紙の上にアイデアのフローを開くことを支援するために考え出された4つの基礎的な原理、すなわち、(1)想像することの流暢さと柔軟さ、(2)批判しないこと、(3)躊躇しない応答、(4)描くための技術、を論じる。創造性に関する心理のパイオニアであるJ.P.ギルフォードは、アイデアを解き放つ原理として、「流暢で柔軟に想像すること」を提案した。流暢に想像することは、思考者のうち誰が多くのアイデアを生み出せたかによって証明される。すなわち、流暢さの判断基準は、質や独創性ではなく「量」である。また、柔軟に想像することは、思考者のうち誰が多様なアイデアを表出できたかによって示される。すなわち、柔軟さの測定基準は「多様さ」ということになる。次のエクササイズは、ある心理テストから取り入れたものであるが、現時点であなたにアイデアを表出し生み出す「流暢さと柔軟さ」がどの程度あるのかを、評価することが出来るだろう。(p124)

 

 二つめのアイデア生成の原理は、「批判しないこと」である。表現すると同時にアイデアの批判を試みることは、車の運転時に片足でアクセルを踏みながら、左足でブレーキを踏もうとすることに等しい。ブレーンストーミングを発明したオズボーンは、この興味深い指摘を、フリードリヒ・シラーが「アイデアを生み出すことが出来ない」と文句を言っている友達宛に書いた手紙に見つけたという。「君が文句を言う理由は、僕からみたらウソで、想像しようとすることに割り込む君の知性が押さえつけている。明らかにそれじゃ駄目だよ。なんたってそれは創造的な仕事に打ち込むことの妨げでしかない。知性があれこれ働いて、ああ、これはもう出したあのアイデアに近いよなぁ、とか分別してしまうなら、それじゃまるで
遮断機じゃないか。一方で、クリエイティブな精神状態の場合には、僕から見れば、知性は遮断機みたいに監視する役から引っ込んでる。混沌の中でアイデアはじゃんじゃん出てくる。その後でたくさんのものを評価したり検査したりすればいいわけさ。
君は立派に批評することやら、あるいは君が「本当の自分」と考えたいような何かに恥ずかしがっているか、または本気のクリエイターらが発するような狂気にビビってるんじゃないのかね・・・。
君が文句言うような不毛な結果になるのは、君が出てきたアイデアをあんまりすぐにダメだと弾いたり、あれこれシビアに分け隔てしたりしているからなんだよ」

シラーがこの有益なアドバイスを与えたのは1788年である。アイデア生成の足かせにしないために、「批判をしない」ことの重要性は、昔から認められているのだ。(p125「Visual BrainStorming」の問題に続く)

昨年度のフィールドミュージアムの冊子が出来ました

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フィールドミュージアムプロジェクト2017「親子で楽しく遊べるカガクおもちゃのデザイン」の成果冊子が納品された。昨年度は多摩区大学連携の事業に採択されて区から予算を頂いていたので、学生達にもちょっと制作費が補助されて、成果集も印刷に出すことができたのだ。

コンテンツは、

第1章:学生たちがデザインしたカガクおもちゃ8作品のアーカイブ

第2章:カガクおもちゃのできるまで

第3章:活動を振り返る(教員と学生によるテキスト)

の3部仕立てとなる。A5横開き小冊子で計66P。

表紙および章扉イラストは履修生のみずきち画伯。ナイスワーク!

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編集や冊子デザインあいかわらずの突貫工事なので、なかなか細部までこだわることが出来ずに残念だが、できあがった冊子をパラパラめくっていると、学生達との凝縮された日々が蘇ってくるようで、なかなか感慨深い。ここまでこどもたちと活動している写真がたくさんあるのは、単なる作品集ではなく、アクティビティとして示せたということでもある。

 

この冊子は、多摩区に納品する分と履修学生たちに配布する以外にもちょっとだけ予備の部数を作りましたので、もし欲しい人いらっしゃいましたら、お声がけください。 先着10名様に差し上げます。

 

下に、冊子に寄稿した上平のエッセイを転載します。

 

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誰でも作れそうで、なかなか作れない。それがカガクおもちゃ。

text = 上平崇仁(教授/大学・地域連携事業責任者)

 

“カガクおもちゃ”とは、単なるおもちゃではなく、自然の不思議な理(ことわり)が埋め込まれたおもちゃに名付けた造語である。まず楽しく遊び、トライ&エラーを誘発していく。そこから親子で「どういう条件でどう変化するか」「それはなぜか」といった会話を発生させ、日常に溢れる科学的な視点を理解するきっかけとなる体験をデザインすることを目指した。発表会のコピーは、「遊ぶように学び、学ぶように遊ぼう」とした。ミュージアムにおいて一般公開を行った日は、300人以上のお客さんが来場してくださり、狙った通りに「遊び」と「学び」が融け合う感覚を体験して頂くことができた。

 出展した8つのカガクおもちゃは、どこにでもあるような安価な素材と学生達が扱える技術で作られている。そして基本的に、小学校低学年の子供達でも遊べるものである。だから一見したところ、誰でもつくれるようにみえるかもしれない。しかしながら実際のところは、そんな簡単ではないのが面白いところである。思うに、その理由は大きく二つあるように思う。ここではそれをちょっと解説してみたい。


 一つ目は、他者が介入する「余地」を考える必要があることである。専門家がデザインする場合、独自の美意識や完成度を持つが故に、ついつい外観や仕組み、そして使い方を自分で決めすぎてしまうことがある。 それはひとつの落とし穴でもある。私自身も演習中に「この部分は素人の工作っぽくなってしまうから、こういうパーツを先に用意した方が良いのでは」という発言をして、学生から「それだと家で自分たちで再現できなくなる」という反論をもらった。そしてそのことは後日フィールドミュージアム展の親子が楽しそうに遊んでいる姿を見て、非常に納得させられた。不思議な体験を自分たちの手でコントロールし、一喜一憂する手探りの体験こそが、出来上がった喜びや原理を知ろうという動機につながっているように思えた。
 誰かによってデザインされたものは、それが優れていればいるほど、それ以上改良する余地を見出すことは難しくなってしまう。不完全だからこそ、自分たちでなんとかできそうだと思えるからこそ、眠っている創造性が刺激されるのだ。モノづくりにおいて他者が関与する余地を残すことは大切である。デザインしすぎてはいけない。そのバランスはとても難しい。

 

 二つ目は、「自分にない力を借りながら進めていけるか」である。大学生はもう大人になってしまっており、おもちゃを純粋に楽しめるような遊びゴコロは失っている。また科学の知識も胸を張れるほどではない。強みになるのは、若さ故の体力や好奇心ぐらいだろうか。だから、これらの成果物ができていくプロセスには、遊びのプロとしての子供達、教えるプロとしての先生方、科学のプロとしての学芸員の方々・・などさまざまな角度からの助けが必要であった。それらのサポートを受けて、学生達が汗と涙を流しながらカガクおもちゃをつくりあげていったことは、前章で示した通りである。そこからさらに親子が体験する場において、つくること/試すこと、説明すること/理解すること、そういった経験を介した親子の相互作用があってはじめて、カガクおもちゃは「遊び」と「学び」を融け合わせる“モノ”として成立している。


 カガクおもちゃをデザインすることは、教室の中で取り組むだけでは何一つ手応えを感じることはない。人と人の関わり合いがあったからこそ、自信をもって仮説検証を行うことができたし、力強くプロセスを回すことができたのである。それは、学生達が一番よく実感しているはずだ。数度の課外活動に(当初)ブツブツ言っていた彼ら/彼女らは、活動の日々を経て「学ぶことは教室の中で教えてもらうこと」という呪縛から逃れることが出来たと言える。


 人はみな、力不足だ。そして完璧な力を持たないからこそ、協働する。異なる立場の人々と分かち合い、自分の持つ力の使いどころを知る。それらのコトを成していく中でこそ、大いに学ぶ。が、しかしそれらは全て、経験する前には何も分からない。だからこそ、前もって他者に力を借りに行くことは難しい。
 
 簡単ではないと述べたことがおわかり頂けるだろうか。プリミティブな工作に見えるカガクおもちゃも、この二つの困難を越えて生み出されている。自らデザインすることが生み出す力や関係を我々はどのように捉えられるだろうか。この問いは、利便性を追求するあまり先が見えにくくなってしまった社会の向こう側の風景を垣間見せてくれるように思う。つくることが生み出す価値や可能性を、我々はもっと考えなければならない。

 

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2018年3月23日(金)に川崎市多摩区の地域連携事業報告会でプレゼンします。

川崎市多摩区:大学・地域連携事業報告会を開催(3月23日)

 

 

 

【ミャンマー訪問記#5】ヤンゴンで見た風景

 

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ミャンマー訪問記の最終回として、いくつか写真を載せてみる。これはホテルの窓からみた早朝の風景。ヤンゴンの中心地は大規模に開発中だ。

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頭上運搬する女性。

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たしかに野犬は多い!でも人に懐いているようで、攻撃的な感じはしなかった。

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噛みタバコの露店。あちこちの出店で売られている。

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揚げ物屋。試しに買ってみたかったが、お腹を壊しそうなので涙をのむ。

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アウンサンスーチー女史の邸宅。なぜか観光名所。女史はここに15年も軟禁されていたという。

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バンドゥラ公園と、独立記念塔。

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この公園周辺には英国統治時代の建物が残り、どこの国にいるのかよくわからなくなってくる。

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独立記念塔にはびっしりと文字が書かれている。

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ボージョーアウンサンマーケットにて。名前はアウンサンスーチー女史のお父さんである、アウンサン将軍にちなむ。ヤンゴン最大の市場。

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市場で托鉢中の女の子達とすれ違った。小学校低学年ぐらいだよな。

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エビのかき揚げは食べてみたかった。

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東南アジアらしくフルーツも沢山売られている。

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ミャンマーの天然化粧品「タナカ」。女性は、これを擦って肌につけている。

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タナカをつけた女の子達。かわいい。(ただ撮ると盗撮みたいなので、一緒に写真とってとお願いした)

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一風堂も進出している。値段に注目。日本金で換算すれば10分の1ぐらいからだいたい日本で食べるのと同じぐらいだが、現地の人にとっては一杯で八千円程度する高級食ということだ。恐ろしい。

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インヤー湖のほとり。夕暮れの太陽に照らされて行き交う人々の姿が、とても美しかった。

以上でミャンマー訪問記終わり。短いながら実り多い旅だったが、関根さんはじめ、スパイスワークスの皆さんの世話になりっぱなしで、なんだか申し訳ない。次は自力で挑戦したい。

 

【ミャンマー訪問記#4】ミャンマーの大学に行く

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WIT Awardの審査員をご一緒しているCho Cho先生のお招きで、WYTU(西ヤンゴン工科大)にお邪魔してきた。郊外の大きなキャンパスである。

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コンピュータサイエンス学科のオフィス。ChoCho先生はこの学科のヘッドである。今はスタッフの子供達が休暇中だそうで、育児所のようになっている。

 

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コンピュータルーム。彼らが習っている言語はRubyとJSだった。

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電子工作工房。ちょうど先生達がいろいろ実験していた。

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ここには学生作品がたくさん保管されていて、これはそのひとつ。ミャンマーには3つの季節があって(雨季・乾季・暑季)、その三つの季節ごとに無駄なく仕事を組み合わせられるようなスマート農場の提案だそうだ。マイコンが仕込まれているようで、いくつかの機能があってデモができるらしい。

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ホワイトボードにはいろいろ思考の跡が。

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建築学科長のThetOo先生。いくつかのプロジェクトを紹介してくれたが、特に学生達と進めている大学キャンパスのマスタープラン作成が興味深かった。

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資料室には学生たちのポートフォリオが。

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建築学科で行われているベーシックなデザインのポートフォリオも発見。どんな課題をやっているか見れて、なかなか面白い。

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提出間際の作業に追われている建築学科の学生達。このへんは万国共通だ。

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掲示板にはWIT Awardのポスターが!

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先生達と記念撮影。先生方が着ているのはミャンマーの民族衣装「ロンジー」で、男性も女性もロングスカートである。

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帰り際にYTU(ヤンゴン工科大)にも寄ってみた。ううむ、さすがに外観からも名門っぽい。

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ちょっと授業しているところを覗いたが、ガチで研究室の議論中だった。ワークショップで優秀だった彼らはここの学生だったっけ。普段から質の高い教育を受けているのだね。

 

関根さんがいろいろ手配して下さったお陰で、密度の高い視察ができた。次の機会にはいつか是非研究で滞在したいものだ。

【ミャンマー訪問記#3】建築家なしの建築

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ミャンマーで見たかったものの一つが、人々の住居。西ヤンゴン大学に向かう途中の郊外には、高床式住居が林立していた。こういったセルフビルドの家は身近で入手できる素材が基本となるが、このあたりではヤシの葉、そして竹をつかっているようだ。高床式は、1)雨期に浸水せず、2)風通しがいいので夏期は涼しく、3)ヘビやトカゲ、害虫の侵入を防ぐ、という生活の知恵である。こういった「建築家なしの建築」を観察すると、市井の人々による土着的なデザインが見える気がしてとても興味深い。

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たまに高床式じゃない住居もある。よく見るとちゃんと雨がしのげるように重ねて作られている。この小さな家は玄関付近の竹製の床がとても上手だ。

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このあたりの住居の周辺はなかなか散らかりまくり・・・すごい。

パシャパシャと写真撮りまくっていたら、子供達にめちゃくちゃ怪しそうな目で見られた。

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竹の高さを変えたりとか、格子にしたりとか細かい工夫されている。どの家もサイズはコンパクトで、大きくは作らないのだね。

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川沿いにこんな家が建ち並んでいるのは、害虫防止に加えてトイレの意味もあるんだろうか。こんな水の近くでは雨期に増水したときが心配だが、その時はその時で再びつくり始めるんだろう。

こういった原始的な住居の姿は、決して高みから見ているわけにはいかない。日本人だって今後大地震で放り出されれば、自分たちの力でつくっていくことが必要とされるだろう。その時我々は住まいづくりの知恵を発揮できるのだろうか。どこから材料を調達するのだろうか。そういったことを考えながらこれらの住まいの工夫を眺めると、原始的な生活と極限状態のクリエイティビティは、極めてよく似ていることが見えてくる。

 

写真撮っていると、ちらっと中の様子が見えた。小さな子供をハンモックでゆらしながら、お父さんがのんびりとくつろいでいた。そこにもなんだか豊かさがみえる気がしてくるから不思議だ。

 

「建築家無しの建築」B・ルドフスキー SD選書 1984

 

 

 

 

 

【ミャンマー訪問記#2】日常に根付く「祈り」

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ヤンゴン滞在でもっとも印象に残ったのは、シュエダゴン・パゴダ(Shwedagon Pagoda)で見た人々の姿である。シュエダゴン・パゴダは、ミャンマー仏教の総本山としてミャンマー人の聖地であり、最も有名な観光地でもある。夜に訪れると中央の塔がライトアップされていてとても美しい。この外壁は全部、金!さらに最上部には大量のダイヤが大量に埋め込まれているそうで、凄まじい豪華絢爛さ。

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中に入っていくと、いろんなタイプの仏像が設置されている。

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仏像の後光がLEDでチカチカと点滅している。このセンスはなんだか独特だが、それにしてもテクノロジーの取り入れ方がなんというか・・・言葉にならない怪しげな雰囲気である。

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ディスプレイを通した仏様に、現地の人々はみんな一心不乱に祈りを捧げている。宗教を媒介するメディアは時代とともに変わる。古くは印刷された教典もそうだったわけだしね。

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みんな座り込んで祈るだけでなく、のんびりとくつろいでいる様子がみえる。ミャンマー人は9割が仏教徒だそうで、みんな信心深い。スパイスワークス・ミャンマー社の若手社員たちも、週末に普通に祈りに来るんだそうだ。祈りにいくことはあたりまえに恋人達と出かけるデートコースでもあるそう。それくらいミャンマーの人々には、仏様にお祈りすることが日常に溶け込んでいる。そして寄付して徳を積んでいくそうで、なんと給料の半分ぐらいを寄付したりする人も多いとか。

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みんなの真剣さが伝染して、僕も思わず祈ってみた。

ちょっと離れたところには関根社長。

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出家して祈りを捧げる少年達。出家の仕組みはいろいろあるんだろうけど、多くの子供達は一生仏門に入るわけではなく、2〜3週の間だけ出家して、そこからまた俗世間の生活に戻るんだそうだ。

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涅槃仏もいくつか。とてもじゃないが、ジョークで寝転んで記念撮影できるような雰囲気ではなかった。恍惚として祈っている人達をみると、聖地に来て祈っているという、イマココの体験に没入していることがわかる。不謹慎を承知で言えば、このシュエダゴン・パゴダにたくさん設置されているさまざまな仏像群は、某テーマパークみたいなものなのかもしれないな。

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円陣でセルフィーする若者達。なお、スマホ率はとても高い。ここ2年ぐらいで急速に社会に浸透したそうだ。

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途中の通路は土産物屋が並んでいる。一通りゆっくりと見て寺院を後にした。

実に不思議な体験をした。日本では、特に我々の世代は宗教が起こした事件の影響もあって宗教に対して距離を置く人の方が多いが、ここまで当たり前に宗教が根付いている社会を見ると、自分の信仰心の無さが申し訳ない気にもなってくる。

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遠くからみたシュエダゴン・パゴダ。丘の上にあってその途中はずっとお店が建ち並んでいる。表参道みたいなものか。

 

ミャンマーは急速な経済発展によって急速な格差が生まれつつあるが、国民の不平不満が暴発したりしていないのは、こういった宗教という社会システムが機能しているからでもあるんだろう。その反面で、この国が抱えるロヒンギャの問題が示すように、信心深さは時として争いの種にもなる。宗教の存在は、実に人間らしさを示す。共通する物語を組織的に信じる力こそが、人類がここまで繁栄したり争ったりすることに直結しているのだ、と改めて思わされる。

 

【ミャンマー訪問記#1】ミャンマーでデザインワークショップを実施してきた

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2/20(火)、東南アジアのミャンマー連邦共和国でIA(情報設計)のワークショップを実施してきた。昨年から審査でお手伝いしているWIT Awardという若手クリエイター発掘のコンペの関連企画という位置づけである、昨年審査してながら表彰式に行けずに残念がっていたら、主催しているスパイスワークス社の関根社長が僕が行けるタイミングで場を用意してくださった。

 

WIT Award 2018 公式サイト

witaward.com

まだまだ発展途上中のミャンマー。安価な人件費を活かして先進国のIT企業によるオフショア開発は活発に行われている一方で、付加価値の高い仕事を生む機会、例えばクリエイターを育てるような教育の機会は極めて少ないという。そこで関根さんは、若手の人材発掘も兼ねてミャンマーの若者らを刺激する目標をつくり、彼らがクリエイティビティを発揮して自分たちの文化をつくっていくことをめざして、このWebデザインのコンペを立ち上げたそうだ。漢だ。

 

この日、朝からまず向かったのは、Spiceworks Myanmer社。

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社員の皆さんはみんな20代の若者達で、普段はWebのコーディング等を担当しているとのこと。彼らに僕が研究室でつくったカードソーティングゲームを体験してもらった。これは50種類の犬のカードを、犬カフェを企画するとしてどのようにまとまりと意味をつくりだすか、というIA(情報設計)のトレーニング用キットとして5年ぐらい前につくったもので、今もフリーで公開している。Webの実務に近くてあまり学習の機会が無いものが良いだろうな、と思ってチョイスしたのだけど、よく考えれば背景となる文化がそもそもだいぶ違う。

「犬カフェ・・・がそもそもわからないのでは」

「野犬ならその辺にいっぱいいます」

「犬とカフェで触れあうってのは身近ではなさそうですね」

「そもそもワークショップというものもほとんどありません」

「それは・・・どうなるんだろ」

「とりあえず、やってみるしか」

と関根さん達と悩んだあげく、「失敗上等、どんと来い」の精神でやってみることに。

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心配は杞憂に終わったようで、社員のみなさんはとても盛りあがっていた。ワークショップが盛りあがってくると、全員が自然に立ち上がってフロー状態になることがあるが、女の子チームは実際にそうなっていた。

 

その後、本番のワークショップ。こっちは公募なので他人同士のグループワークとなり、ぐっとハードルがあがる。

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今回のワークショップはFacebookで告知・参加者募集していた。なんと「興味有り」が1465人と、関心持つ人多いようで驚かされる。平日開催でこの数字。年齢24才以下という制限に怒りのコメントしている人もいた。この参加希望者からさらに絞って30数名に来てもらった。

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会場のMelia Yangonは、超がつく高級ホテル。隣では医学系の学会が開かれていたりする。ここの一室で開かれるという。

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ご覧の豪華さである。すごいw 

僕は日本でもこんな会場でワークショップやったことないぞ。

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通訳してくれたMyatminさん。Spiceworks Myanmerのマネージャーである。彼は日本語含めて5カ国語話せるそうだ。僕が適当に話したことの意を汲みながら上手にミャンマー語に翻訳してくれているようで、参加者のみなさんは混乱せずにすんだ。実にありがたい。

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そして午前中にリハーサルした際に体験してくれた社員の子達が、これまた上手にファシリテータをしてくれている!素晴らしい。

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このキットはかわいらしいイラストに騙されがちであるが、抽象的な「関わり合いの体験」を扱うため、けっこう頭をつかうワークである。でも、とても盛りあがっている。

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最後にグループごとにプレゼンテーション。みんな堂々とマイクで自分たちの企画を説明している。僕も一生懸命コメント返した。彼らにとっては未知のサービスでありながらも、ここでデザインすべきポイントは的確に伝わっていたようで嬉しい。

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えーっと、この若者達凄すぎないか(汗)

盲導犬視覚障害者の関係に見るように、犬と人間は相互関係を深めていくことができるわけだが、そういった「犬は傷ついた人間を勇気づけ、良きパートナーとなることができる」という着眼点を展開して、精神的な障害を持った人へのセラピーとなるような犬や、身体障害を持つ人と一緒に遊べるような小型の犬などにソートし直して、Beyond Impossibilitiesというさまざまな障害者を対象とした犬カフェサービスを提案している。プレゼンも圧倒的で、ところどころ翻訳してもらっただけでもしっかりと筋が通っていることがわかる。人間側の都合による消費的な体験ではなくて、それぞれの犬の持つ役割や関係性まで踏み込んでいるのが本当に素晴らしい。

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終了後、みんなで集合写真。

ミャンマーの若者達には、「きみらがミャンマーを紹介するコンテンツを作る場合でも、大事なことは同じだよ、観光名所の情報をただ羅列するのではなくて、ちゃんと見る人への価値を見出した上で編集しようぜ!」とメッセージ送った。

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そして帰り間際に、さきほどの優秀な若者達から記念撮影をお願いされた。聞くとYTU(ミャンマーで最も優れた学生の集まるヤンゴン工科大)の学生だそう。エンジニアの卵でありながら、初めて体験するデザインのワークショップでも才能を発揮するとはすごいね。

 

海外から呼んでもらってワークショップして現地に貢献できるというのは僕の人生でも大きな経験で、素晴らしい一日だった。参加者も喜んでくれたし、とりあえず成功したと言えるだろう。

通訳してくれたMyatminはデザイナーで、とても賢い人なので、今後は一人でもこのカードソーティングゲームのワークショップを実施できるはずだ。(すでにカードもスライドも翻訳済み。)でも外国からまるごと輸入するのではなく、ミャンマーの人々の身近な題材で作ったキットでやりたいね、それが自分たちのデザインの文化をつくることにつながるはずだから・・・とスタッフで振り返り、それを次の目標としておいた。

 

ミャンマーは急速な経済発展の最中で、今回の参加者達にもミャンマーをどんどん引っ張っていくような熱気が溢れていた。ミャンマー人の平均年齢は25才だという。そして日本は45才。熱気を感じる背後では、なんだか冷気を感じる。老いていく日本の今後のために、何か手を打っていかなければ、と思わされる。