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Kamihira_log at 10636

みえないものを、みる視点。

子供と一緒にデザインする方法

デザインリサーチ

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ここのところ、デモクラティック(民主的)アプローチのデザイン事例をジャンル問わず集めている。これはNørrebro地区にあるGuldberg skoleの校舎。3階から伸びている滑り台は、学校帰りに階段を駆け下りずとも"ヒュ〜とワープして一気に下校することができる、そんな滑り台があれば面白い!"という子供たちから出たアイデアをデザイナーがすくいとり、実現したものだそうだ。学校終わりの爽快感まで感じられそうなユニークな滑り台である。

 

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どのくらいスピードでるのか興味あったので僕も3階まで行ってみたが、残念ながら屋外からの階段は鍵がかかっていた。地元の子供がお父さんといっしょに下から登って遊んでいる。内部は真っ暗のようだ。

 

なんで僕や親子連れが小学校に入れるのかというと、ここは小学校の敷地でありながら、この周辺のスペースや遊具はパブリックスペースでもあり、だれでも利用できるようになっているのである。

グルドベーグ小学校を設計したノード・アーキテクチャーは、この小学校の隣に建物にアトリエを構えている。バナンナ・パークやキッズ・シティなど、子供達 のニーズやアイデアを、彼らを参画させたワークショップを通じて、見事につかみ取り、それらを空間へと具体化させることでは、傑出して長けているノード・ アーキテクチャー。彼らの本領が、お隣の小学校のオープンスペースをパブリック・スペースとして再生させるというこの事業においては全開で発揮された。
 隣であるから呼びやすいという利点を活かし、設計時点から小学生達にアトリアに来てもらい、デザイン出しや、ヒアリングに協力してもらう。それは、まさに協働作業といってもよいプロセスであった。

040 グルドベーグ小学校のプレイグランド(Guldberg Skole’s Play Ground) | 都市の鍼治療

 

この事例で思うこと。

・物理的に距離が近いというのは、協業において(あたりまえだけど)とても大きい。

・子供のアイデアはそのままつかえるわけではなく、そのイメージを具体化・精緻化するのはプロのデザイナーの仕事。大人にはない発想を取り入れるために計画的に巻き込んでいる。

・見せかけや口実つくりの市民参画、ワークショップではなく、そもそものところでたとえ子供であっても対等に対話し、尊重する社会理念がベースにある。先日、Rasmusは「我々は実際に使う彼らの気持ちを何も知らない、逆に教えてもらうという気持ちだよ」と言っていたな。この辺の民度(?)を決定づけているものとして、デンマーク社会民主主義の歴史は半端なく厚い。

・そして民主的とはいっても、決して多数決ではなく、折衷案でもなく、決めるところはピシッとプロが決めている。つまり役割分担がうまい。

・デザインへの参加と言っても、ゲーム的なもの(=ゲーミフィケーション)ので、アイデアが取り入れられたこどもだけではなく、みんな楽しい。成果ではなくプロセスに参加していることを子ども達も理解している。

・子ども達が参加したというストーリーを積極的にアピールすることで、保護者や地元民も、危険だけれども面白いこの両義的なアイデアを肯定しやすくなり、みんなで良い気持ちを分かち合うことができる。

 ・日本ではオリンピックのデザインに対する社会の反応がひどいことになっているようだが、理解し得ないものを悪者に仕立て上げて叩くことを分かち合うよりも、もっといい方法で分かち合えないものか・・・。