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Kamihira_log at 10636

みえないものを、みる視点。

想像上の秩序

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読書メモ.



サピエンス全史ー文明の構造と人類の幸福ー」(上)
第6章 神話による社会の拡大

以下引用
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b. 想像上の秩序は私たちの欲望を形づくる
たいていの人は,自分たちの生活を支配している秩序が想像上のものであることを受け入れたがらないが,実際には誰もがすでに存在している想像上の秩序の中へと生まれてきて,その人の欲望は誕生時からその秩序の中で支配的な神話によって形づくられる.したがって,わたしたちの個人的欲望は,想像上の秩序にとってもっとも重要な砦となる.
<中略>
人々がごく個人的な欲望と思っているものさえ,たいていは想像上の秩序によってプログラムされている.たとえば,外国で休暇を過ごしたいという,ありふれた欲望について考えてみよう.この欲望には自然なところも明白なところも全くない.チンパンジーのアルファオスは,近隣のチンパンジーの集団の縄張りに出かけていって休暇に出かけるために自分の力を使おうとは絶対に思わないだろう.古代エジプトのエリート層は巨額の費用をかけてピラミッドを建設し,自分の亡骸をミイラにしたが,バビロンに買い物に行くことやフェニキアに休暇ででかけてスキーを楽しむことなど決して思い付かなかった.今日の人々が外国での休暇にたっぷり時間を注ぎ込むのはロマン主義的消費主義の神話を心の底から信奉しているからだ.
ロマン主義は人間としての自分の潜在能力を最大限発揮するためには,できるかぎり多くの異なる経験をしなくてはならない,と私たちに命じる.自らの束縛を解いて,多種多様な感情を味わい,様々な人間関係を試し,慣れ親しんだものとは異なるものを食べ,違う様式の音楽を鑑賞できるようにならなくではならないのだ.
これらすべてを一挙に行うには,決まり切った日常から脱出して,おなじみの状況をあとにし,遠方の土地に旅するのが一番で,そうした土地では他の人々との文化や匂い,味,規範を「経験」することができる.「新しい経験によって目を開かれ,人生が変わった」というロマン主義の神話を私たちは幾度となく耳にする.
消費主義は,幸せになるためにはできるかぎり多くの製品やサービスを消費しなくてはならない,とわたしたちに命じる.何かが欠けている,あるいはしっくりこない,と感じたら,おそらく私たちは製品(自動車,新しい服,自然食品)あるいはサービス(家事,対人関係療法,ヨガのクラス)を買ったり受けたりする必要がある.どのテレビのコマーシャルも何らかの製品あるいはサービスを消費すれば人生がよくなるという小さな神話なのだ.ロマン主義は多様性を奨励するので,消費主義と完璧に噛み合う.両者が融合して無限の「市場経験」が誕生し,その上に現代の観光産業が打ち立てられた.観光産業はたんに飛行機のチケットやホテルの部屋を売るのではない.経験を売るのだ.パリは都市ではなく,インドは国ではない.両者はともに経験であり,それを消費すればわたしたちの地平線が拡がり,人間としての私たちの可能性が満たされ,私たちはもっと幸せになれるはずだ.その結果,百万長者は妻との関係がぎくしゃくしたときにはパリの高価な旅に連れて行く.その旅は何か独立した欲望の反映ではなく,むしろロマン主義的消費主義の神話を熱烈に信奉する気持ちの反映だ.
<中略>
想像上の秩序から逃れる方法はない.監獄の壁を打ち壊して自由にむかって脱出したとき,じつはわたしたちはより大きな監獄の,より大きな運動場に走り込んでいるわけだ.
(p148-149)

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我々が無自覚に使いがちな「経験」という語を背後から支えている価値観に対するなかなか辛辣な描写.旅の経験にせよ.民主主義や資本主義にせよ,それらの秩序が人々に信じさせるためには,それが想像上のものだとは決して認めてはいけないし,その虚構を信じることができたからこそサピエンスはここまで繁栄した,とユヴァルは言う.このなんだか夢から無理矢理醒めさせられるような読後感は,エイドリアン・フォーティの「欲望のオブジェ」を思い出させる.