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みえないものを、みる視点。

【ミャンマー訪問記#3】建築家なしの建築

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ミャンマーで見たかったものの一つが、人々の住居。西ヤンゴン大学に向かう途中の郊外には、高床式住居が林立していた。こういったセルフビルドの家は身近で入手できる素材が基本となるが、このあたりではヤシの葉、そして竹をつかっているようだ。高床式は、1)雨期に浸水せず、2)風通しがいいので夏期は涼しく、3)ヘビやトカゲ、害虫の侵入を防ぐ、という生活の知恵である。こういった「建築家なしの建築」を観察すると、市井の人々による土着的なデザインが見える気がしてとても興味深い。

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たまに高床式じゃない住居もある。よく見るとちゃんと雨がしのげるように重ねて作られている。この小さな家は玄関付近の竹製の床がとても上手だ。

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このあたりの住居の周辺はなかなか散らかりまくり・・・すごい。

パシャパシャと写真撮りまくっていたら、子供達にめちゃくちゃ怪しそうな目で見られた。

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竹の高さを変えたりとか、格子にしたりとか細かい工夫されている。どの家もサイズはコンパクトで、大きくは作らないのだね。

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川沿いにこんな家が建ち並んでいるのは、害虫防止に加えてトイレの意味もあるんだろうか。こんな水の近くでは雨期に増水したときが心配だが、その時はその時で再びつくり始めるんだろう。

こういった原始的な住居の姿は、決して高みから見ているわけにはいかない。日本人だって今後大地震で放り出されれば、自分たちの力でつくっていくことが必要とされるだろう。その時我々は住まいづくりの知恵を発揮できるのだろうか。どこから材料を調達するのだろうか。そういったことを考えながらこれらの住まいの工夫を眺めると、原始的な生活と極限状態のクリエイティビティは、極めてよく似ていることが見えてくる。

 

写真撮っていると、ちらっと中の様子が見えた。小さな子供をハンモックでゆらしながら、お父さんがのんびりとくつろいでいた。そこにもなんだか豊かさがみえる気がしてくるから不思議だ。

 

「建築家無しの建築」B・ルドフスキー SD選書 1984