Kamihira_log at 10636

みえないものを、みる視点。

見つからなかったライター

ここ1ヶ月ほど,とある人から頂いたライターを自宅のあちこちで探していた.決して高価なモノではなく,ある芝居を開催したノベルティとしてつくられた小さな黒いライターだ.そのライターの表面には,その芝居のタイトルでもあった「誰かこの女知りませんか」という手書きの白い文字と女の人のイラストが描かれていた.

 

15年前の2002年の秋のこと.当時よく遊んでいたKさんから電話があり,小さな芝居へのお誘いをいただいた.彼女は当時駆け出しの脚本家で,仕事繋がりで脚本家の桃井章さん(桃井かおりのお兄さん)と親しく,その桃井さんは広尾でバーをやっていて,そこが当時映画業界の人々の集まるサロンになっていた.その店を丸ごと舞台にして,ある女優を再起させるための一人芝居の企画を進めているという.僕は電話でその女優の名前を聞いて驚いた.僕と同郷の割と知られたアイドルだった人で,しかも同じ学年ということでちょっとした親近感もあった.

 

その日の肝心な芝居の内容は忘却してしまったが,至近距離で上手にバーの空間を使いながら展開されていく演技に感動したことと断片的なビジュアルはぼんやりと覚えている.お世辞にも上等とは言えないステージで,少人数の観客を相手に,すべて一人だけでストーリーを演じるその女優さんの姿はとても輝いていた.

 

芝居が終わってからパーティになった.ほとんど映画関係者で,部外者の僕は結構緊張していたが,あるタイミングでその女優さんと二人だけで話することが出来た.彼女は当時30ぐらいか.酒浸りだった影響で凄く痩せてしまっていてアイドル時代の面影はなかったけど,見慣れた南方系の顔立ちには同級生の女の子に会うような懐かしさも感じた.

 

とてもよかったです,と感想を伝えるとともに,僕は嬉しくていろいろ話しかけた.

「僕も鹿児島出身で同い年です.あなたは我々のスターでしたよ」

「ありがとう,あなたはどこ生まれ?」

「阿久根です」

「ああ・・・そっち(薩摩半島)はけっこう栄えているよね.(私の出身の)大根占は何もない」

「そんな・・・似たようなものですよ」

なんて会話をした.まあ彼女の言うとおり,大根占(「だいこんうらない」ではなく,「おおねじめ」とよむ)は大隅半島のはずれで過疎化の進む場所であることはそうなのだけど,いくつか共通点を元に話し振ってみても,全部ネガティブな方向に持って行かれるので話を繋げられず,閉口したことはよく覚えている.

 

その後,その女優さんがときどき映画に出演しているという情報を知るたびにこっそり応援していたが,いつのまにか名前を見ることもなくなった.

 

そうしてすっかり忘れていた矢先のこと,その女優さんは10年ほど前に亡くなっていたことを一ヶ月ほど前にニュースで知った.アイドルとして輝いていた時を知るだけに不遇なその後をとても気の毒に思うが,あの破滅的な様子では長くは生きられなかっただろうな,とも思う.

 

彼女の名前はやがて消え去っていくだろうけど,あのステージで再び輝いた一瞬をみた人の記憶の中には、その姿はきっと生き続ける.僕もその一人のはずだ.だから,おぼろげになってしまった自分の記憶に対して,本当に自分が見たことなんだ,ということを自分自身で再確認するために頑張ってライターを探していた.どこかに埋もれている気がするのだが,結局未だに見つからないままだ.

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