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Kamihira_log at 10636

みえないものを、みる視点。

ムラ社会の合意形成プロセス

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先日の、報告会の時に南部さんから聞いた昔の寄り合いの話。昔の日本人は何日も朝も夜も合意をとるために延々話し合っていたという。狭い世間でお互いが生きていくためには、その決めていくプロセスにある手間暇が納得につながっていたのだろうし、大事だったのだろうね。

そしてそういう場の話し合いは、今日のように論理づくめでは収拾のつかぬことになっていく場合が多かったと想像される。そういうところでは喩え話、すなわち自分たちの歩いてきたこと、体験したことにことよせて話すのが他人にも理解してもらいやすかったし、話す方も話しやすかったに違いない。そして話のなかにも冷却の時間をおいて、反対の意見がでたら出たで、しばらくそのままにしておき、そのうち賛成意見が出ると、また出たままにしておき、それについてみんなが考え合い、最後に最高責任者に決をとらせるのである。これならせまい村の中で毎日顔をつきあわせていても気まずい思いをすることはすくないであろう。と同時に寄り合いというものに権威のあったことがよくわかる。
対馬ではどの村にも帳箱があり、その中に申し合わせ覚えが入っていた。こうして村の伝承にささえられながら自治が成り立っていたのである。このようにすべての人が体験や見聞を語り、発言する機会を持つ、ということは、確かに村里生活を秩序あらしめ結束を固くするために役だったが、同時に村の前進にはいくつかの障碍を与えていた。

「忘れられた日本人」宮本常一著 岩波新書