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みえないものを、みる視点。

デザインスクール・コリングの卒展を見た(後編)

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前編「デザインスクール・コリングを訪問した」の続き。

19日(金)。須永先生達は早朝にオーフスに出発し、僕は学校見学の続きのあとに、市の中心部にあるコリング博物館「KoldingHus」に行ってきた。ここで卒展の展示をしているのだ。

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この建築は、外観だけでなく中も廃墟のようで異様さが際だつが、その通りで、19世紀の初めに火事で燃えたままずっと廃墟だった古城を、近年修復して博物館として再生したという面白い経緯を持つ。

 

デザインスクール・コリングの卒業制作展は、ビジュアルコミュニケーション、インダストリアル、テキスタイル、インテリアなどの専攻で、出展者計53名。に対して、外部連携先93機関(!)。

前回のエントリで学校の凄さを書いたもの、事例がないとピンと来ないとおもうので、いくつかピックアップして紹介してみる。

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 いちばん驚いたのがこれ。地元のコリング刑務所(!)と連携した、受刑者と子供の面会室のデザイン。インテリアデザイン専攻。ポップなイメージで通常の監獄からの雰囲気を大きく変えている。受刑者には感情移入できなくても、子供の側は親の愛を感じながら育つ権利は守られるべきだし、受刑者は逆に子供と触れあうことで「まっとうに生きよう」と更正は早まるのかもしれない。刑務所は「罰をうける場所」と言うよりも「更正するための場所」、という思想は個人の権利を大事にするデンマークらしい。

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イデアや制作が進行していくプロセスは映像で丁寧にまとめられていた。イメージだけでなく、ちゃんと実際に使われているらしい。写真からも実施前の雰囲気がちょっと垣間見えるが、もともとは本当に小さく殺風景な部屋なのだな。

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抽象的なオブジェクトの中を進んでいくアンビエントなゲーム(インタラクティブメディア専攻)。ガン患者とその周辺の人々(家族・友人)が協力し、非言語の世界を彷徨いながら一緒に戦う。そのものズバリのガンのことを説明的に書いてあるわけではなく、全部メタファだけで作られており、意味を自分たちで解釈しながら対話と共に進めていくというような使い方が想定されている。

 

この作品は、ビジュアルもアニメーションも美しくて完成度高かったが、ガン患者やドクターたちを丹念にインタビューしており、調査がとてもしっかりしていて感心した。あるドクターの「例えば、病気を打ち勝つべき『敵』として知覚できるように具体化できれば、患者さんの気力も生まれるし、すべて(痛み、副作用、治療)を含めたうえで病気を受け入れてもっと軽い気持ちで立ち向かえるんじゃないか、と僕は思うんだよね(意訳)」という言葉をヒントにデザインしたらしい。ゲームを作りたかったのではなく、患者の気持ちを変え、力づけていくための手段としてゲームが選択されている。パネルにちゃんと発想の根拠をまとめているところがナイス。地元の大きな総合病院との共同研究。

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テキスタイルデザイン専攻。2000年前の紙の作り方を参照しながら、新規性のあるスカンジナビアンスタイルなパターンを生み出すという実験。溶かして再利用できるサスティナビリティを意識しているようだ。光が透過してとても美しい。

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テーブルリネンのリ・デザイン。(テキスタイルデザイン専攻)。紙とリネンのどっちがエコかを検証した上で、リネンに控えめな魅力を持たせるという実験。たたんだ時と拡げたときでどう変わるか、さりげない演出とともにカトラリーを邪魔しない清潔さをもたせられるかを、深く深く考察しながら習作を積み上げており、たった一枚の白い布をここまで展開できるのか、と個人的には全作品の中で一番感動した。

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警察所と提携した、防犯のためのキャンペーン(コミュニケーションデザイン専攻)。実際の被害事例からどういう隙に盗難されたか、どこに気を付けるべきなのかを伝えるインフォグラフィックスのムービーとパネルで丁寧にまとめている。

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来るべき食糧危機に備えて、海藻を食糧にしようというプロモーション(コミュニケーションデザイン専攻)。ヨーロッパは基本的に海藻は食べるものではないらしい。海藻は長年食糧である日本人からすると不思議な話だが、例えば日本人にとって「昆虫を食べよう」と提案するのと同じぐらい、彼らにはインパクトある話だと思う。食文化とは面白い。海藻関係を調査している(?)研究所との共同研究。

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脳のスキャン機器のデザインと医療ワークフローの改善。プロダクトデザイン専攻。医療用とは思えないかわいらしいロボット型のデザインとしてまとめていた。

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気合いの入った医療現場の利用文脈の調査。総合病院との共同研究なのだが、学生がここまで現場に入り込めるってのは本当に凄いな。

 

と、作品はこんな感じで、53人のうち、全ての題材が挑戦的で、社会課題と独自性のある創造性を高い次元で両立させていた。「好きだから作った」とかいうようなものは一つもなく、そして全部実社会の中で実践していた。

 

人口5万の街でここまできるものか、という反面、小さな街だからこそ街の人々と連携して実践できるのだろうし、いろんなマイナスをプラスに変えつつもこの素晴らしい実践共同体を創り上げていることを知れば、言い訳はできなくなる。

 

デザインスクールコリングのミッションは,

Mission: Sustainable Futures is the goal for the educational, research and artistic development work at Design School Kolding. We give practical examples of how design can be used as an aesthetic and strategic tool in the change process in which society, business and democracy find themselves. We develop holistic solutions which allow more people to develop their full potential: to be creative.

とのこと。持続可能な未来のために、デザインは、社会・ビジネス・民主主義が変化していくプロセスの中でそれらを見出すための戦略的かつ美学的な道具として、いかに活用されうるか、についての実施例を授ける、と明確に言い切っている、

 

世界はこのレベルでデザイン教育に取り組んでいることに改めて背筋が伸びる。日本も負けてられない、という気持ちになる。

 

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ところで、コリング博物館はとても素晴らしくて、また行きたくなった。視覚だけでなく多様な感覚で味わうことができるように、踏んだ感触が異なる多様な床材や、橋の傾き方、部屋の明るさまで細かくコントロールされている。廃墟に見えて実は凄い。もし興味がある人がいたら観光にはオススメできる場所である。

 

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