Kamihira_log at 10636

みえないものを、みる視点。

ムラ社会の合意形成プロセス

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先日の、報告会の時に南部さんから聞いた昔の寄り合いの話。昔の日本人は何日も朝も夜も合意をとるために延々話し合っていたという。狭い世間でお互いが生きていくためには、その決めていくプロセスにある手間暇が納得につながっていたのだろうし、大事だったのだろうね。

そしてそういう場の話し合いは、今日のように論理づくめでは収拾のつかぬことになっていく場合が多かったと想像される。そういうところでは喩え話、すなわち自分たちの歩いてきたこと、体験したことにことよせて話すのが他人にも理解してもらいやすかったし、話す方も話しやすかったに違いない。そして話のなかにも冷却の時間をおいて、反対の意見がでたら出たで、しばらくそのままにしておき、そのうち賛成意見が出ると、また出たままにしておき、それについてみんなが考え合い、最後に最高責任者に決をとらせるのである。これならせまい村の中で毎日顔をつきあわせていても気まずい思いをすることはすくないであろう。と同時に寄り合いというものに権威のあったことがよくわかる。
対馬ではどの村にも帳箱があり、その中に申し合わせ覚えが入っていた。こうして村の伝承にささえられながら自治が成り立っていたのである。このようにすべての人が体験や見聞を語り、発言する機会を持つ、ということは、確かに村里生活を秩序あらしめ結束を固くするために役だったが、同時に村の前進にはいくつかの障碍を与えていた。

「忘れられた日本人」宮本常一著 岩波新書

 



見知らぬ人にお願いする、という行為

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先日、子供を連れて行った藤子F不二雄ミュージアムの屋上にて。

アニメでおなじみの土管の前でドラえもんと記念撮影するための列が伸びているのだが、みんな後ろの見知らぬ人にカメラを渡してシャッター押すのをお願いしている。誰かに頼まれて自分がまずやり、次に後ろに居合わせた人にお願いすることのパスが暗黙の了解になっているのが興味深かった。

 

こういった見知らぬ人と協力し合う風景を日本で見るのはとても珍しい。このことを学生達に話したら、ディズニーランドなんかでもこういった行為が慣例的になっているらしい。日本人は他人への信頼度が低い(他人に決して迷惑をかけないことが美徳)ということを知って以来、こういったパスの連鎖は苦手なのかと思っていたけど、特定の文脈になればできるのか。

 

 

 

 

メディアのエコロジーとデザイン思考 ―参加型デザインから望ましい情報社会を構想する

昨年度フィンランドで御世話になった岡田先生とのつながりで、情報通信学会への登壇の機会をいただきました。頑張ってきます。

 

www.jsicr.jp

日時:2016年11月4日(金)13:00~16:50
会場:関西大学梅田キャンパス(大阪市北区鶴野町1) 4階多目的室
主催:公益財団法人情報通信学会関西センター
参加費:無 料

開催主旨:

 ここ数年、デザイン領域の拡張とともに、ポスターなどグラフィックのデザイン、商品のデザインといった、かたちのあるモノのデザインから、コミュニケーション環境、ユーザーエクスペリエンス、インターフェイスなど、モノではない対象のデザインが注目されている。
 今年度の関西大会では、こうした「デザイン思考(design thinking)」について情報社会を考える上でどのように適用できるのか、来場者自身がワークショップ実践を通じて再考する機会を提供したい。ゲストには長年、情報化と日常生活の問題にデザイン思考のアプローチから取り組んでこられたカリハンス・コモネン氏をフィンランドから招き、講演頂いた上で、出席者には実際に参加型デザインの方法を取り入れたワークショップを体験してもらい、デザイン思考を具体的にどのように取り入れることができるのかを体験して頂くことをめざす。

 

開催内容:

 フィンランド、アールト大学芸術デザイン建築学部メディアラボ、ニューメディアと日常生活研究グループのディレクターを長年務めてこられた、カリハンス・コモネン氏をお招きし基調講演に登壇いただき、休憩を挟んで「関西の文化アイデンティティを生かしたメディアシステムのデザイン」と題したワークショップを実施する。
 大会では初の試みとして、本ワークショップで来聴者全員にグループワークに参加してもらうものとする。ワークショップの冒頭では、専修大学ネットワーク情報学部教授で、2015年度にデンマークコペンハーゲンIT大学にて客員研究員として滞在し、参加型デザインの研究と実践に携わってこられた上平崇仁氏に、デザイン思考や参加型デザインに関わる上でのヒントについてお話いただく。また、アールト大学メディアラボに交換留学生として学んだ経験を持つ九州大学芸術工学院の大学院生数名に、ファシリテーターとして加わってもらい、会場内のグループがメディアシステムを具現化していく作業を一緒に考える上での手助けをお願いする。
 グループワークののち、各グループからその成果について概要を報告してもらい、ゲストのコモネン氏や上平氏からコメントを頂いた上で、全体ディスカッションをおこなって,ワークショップのまとめとする。このようなプロセスでデザイン思考の応用の一端を実際に体験することで、今後こうした方法論を取り入れた研究や実践が広がりを見せ、関西地域のより望ましい情報化への一助となれば幸いである。

 

 

ACTANTでの共有会とオープニングパーティ

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9/29(木)夜は、ACTANTの事務所移転のオープニングパーティと国際会議の共有会に参加。木村さんがカナダのモントリオールにて開催されたリビングラボのカンファレンスOpen Living Lab Days 2016の参加報告、僕がPDC2016の参加報告をした。

openlivinglabdays.com

Open Living Lab Days 2016の報告はとても興味深かった。カナダではショッピングモールが全部リビングラボになっているところがあるそうで、モールの中で障害者の擬似的体験したりして問題発見したりしているそうだ。自分たちの組織だけでなく、こういう組織を越えて連携しながら実験していくことが弱いのが日本の課題か。

 

いずれのカンファレンスも貴重な世界的な動向でありながら日本人はほとんど参加していないので、この辺の知識を必要としている人もいるだろうな、と思うとちょっともったいない気もする。

 

ACTANTのオフィスが広くなったので、2月頃にでもNarratology(物語論)とデザインの関係を考えるイベントを企画したいな、と思った。実は単に僕が学びたいからなのだけど。

乞うご期待。南部さん、木村さん、是非やりましょう!

 

 

クリエイティブシティコンソーシアムでの公開ディスカッションに参加した

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9/27の午後、クリエイティブシティコンソーシアムという組織で進めているプロジェクトである、フューチャーワーク・ワーキンググループの公開ディスカッション「欧州におけるリビングラボの調査研究報告と日本におけるオープンイノベーションの可能性」に登壇してきた。

creative-city.jp

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昨年度、東急電鉄社とコクヨ社の委託を受けて、デンマークを中心にいくつかのリビングラボを取材し、それをどう日本社会にいかすか、の調査レポートを書いたのだが、その報告会である。ITUの安岡さんと二人で議論し、主に彼女が文章を書き、僕が図版やレイアウトなどを担当したのだけど、良い感じにお互いの長所が補完し合い、とても立派な報告書ができたのだが、事実上お蔵入りになっていたところ、やっと終わることができた。せっかく書いたので公開できるといいのだけど。

 

リビングラボに関しては、いろいろ見て、調べて、たくさん議論して考えた結果、自分の関心はリビングラボであるかどうかはどうでもよく、リビングラボという名前がつかなくても、そこに「問いを見つける」「どんどん試す」「いっしょにつくる」などの豊かな共同体をつくることができればそれで十分だな、と考えている。

 

 

 

 

 

 

 

 

Participatory Design Conference 2016に参加してきた

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2016年8月15日から19日までデンマークのオーフスにて開催された14th Participatory Design Conference(参加型デザイン国際会議)に参加してきた。2年に一回開催されていて、前回は南アフリカ。そして今回は米国カリフォルニアでの開催のはずだったけど、キャンセルになって、地元オーフス大が引き受けたとのこと。オーフス大のPIT(Participatory IT )は伝統的なPD研究の一大拠点である。

僕はサバティカルの時につくったワークショップキットをArt& Designのインタラクティブセッション枠で投稿してなんとか採択されたのだけど、前期の激務の中ではとてもじゃないが実践も発表準備もできず涙の辞退。でも、ちょうど開催時期はお盆期間でスケジュールは空いているし科研費も残っているので、次回の発表のためにも見ておくか、という気持ちで参加してきた。

 

参加者は世界中から300人ぐらいで、外見的にアジア人っぽい人は片手ほど。日本人は僕だけである。

 

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参加型デザイン(以下PD)は、これまで何度も書いてきたようにスカンジナビア社会民主主義の思想がベースになっており、過去の運動でもある。そういうわけで会議のテーマも、"厳密な"PDから発展して、それらの知的資産を活かしつつ現代社会の問題に適合させて実践していこうじゃないの、というものだった。

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PDは一体どうやって評価するのか、というセッションより。デザイナーのパースペクティブだけではなくて関わった人々だけの判断基準があるわけで、参加者がデザイナーを評価する、という視点が必要だとすると教育や政治のような評価に近付いていく。

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ITUでお世話になったLone,Jorn,Erikの発表。Negotiation of Values as Driver in Community-Based PD

アクターネットワーク理論を援用しながら、ステークホルダの価値感の衝突が、"もの"への変化と新しい価値を生みだしていて、それが繰り返されてコミュニティの中での生産的な議論が進んでいることを3つのケーススタディを元にモデル化したもの。ふむふむ。やはり分析のためにはANTをもっと勉強しなければ

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ITUで同室だったベルギーのLiesbeth。Counterfactual Scripting: Acknowledging the Past as a Resource for PD Counterfactual Thinkingとは日本語で反事実条件思考・・・難しい言葉だが彼女がよくやっている「今が未来だ」という仮定で議論を進めるというものらしい。

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こちらもGive&TakeのチームメイトだったポルトガルのRita。認知症患者を巻き込んだCoDesignプロジェクトにおけるパーソナライズとオープン性のある遊びについて。以前にも書いたが、ますます研究を進めていて興味深かった。今我々の学部でも認知症のデザインプロジェクトが進んでいるので紹介したい。

 

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ここからインタラクティブセッションをいくつか紹介。

参加型デザインのカンファレンスらしく、プレゼンターは30分の短いワークショップを数回実施して、オーディエンスとも参加を通して議論することが出来る。この形式は日本でもあれば面白い。

これは日常経験から算数を理解するカードゲームのワークショップ(スウェーデン)。自分の経験をシェアするときに僕が「コンビニでおつりもらう時、できるだけ枚数を減らすように暗算しながら小銭出す」と言ったら、なんで日常生活が現金なの、いろんな国の人からむちゃくちゃバカにされたのはこのセッション。

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ナミビアのCoDesign事例。アフリカも最近共創が盛りあがっているらしく、ボツワナ、エチオピアなど、いろんな国から参加者が来ていた。f:id:peru:20160917162224j:plain

地元オーフスの誇る大規模図書館Dokk1の発表。

Dokk1: Co-Creation and Design Thinking in Libraries

ここは世界最高の図書館と言われており、そりゃ建築がいいだけだろ、と斜めから見ていたが。IDEOと共同でDesign Thinking in Librariesを出版したらしい。ソフト面でも頑張っているようだ。

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Public Collaboration Lab(UK)

トランク一つで携帯できるワークショップキット。ここまでやるか・・・。

 

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ブラジルのリオデジャネイロ大学。コペンハーゲンの王立デザインスコーレとの共同研究でCoDesignは南米にまで広がっている

Design and its Movements in Times of Widespread Participationf:id:peru:20160917162438j:plain

ベルギーのリビングラボAndre Market。

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地元レゴ社の発表も興味深かった。レゴの幼児向けシリーズのDUPLOは参加型デザインでつくられているという。子供だけでなく一緒に遊ぶ親にもまた着目しているとのこと。

 We noticed that this approach has potential to bring to the surface important key dilemmas and needs, which do not emerge out of facilitated conversations but rather by confronting themselves with the challenge of designing for their children.

One of the key phrases we use in relation to this is “don’t ask, engage”, to stress how parents’ wishes, fears and peer pressure might come over as a blanket on their perception of their kids. It is by playing together and seeing how their children react to different play experiences, that parents are triggered to think “what if” and see it from the eyes of their child.

 

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ポスターを拡大。こうやって企業のデザインのノウハウを公開してくれるのはあありがたいことである。

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最後。シンガポールの名門、NTU(南洋工科大)のNanciの発表。An Investigation into the Systems of Traditional Laotian Textiles
ラオスの人々が自立できるようなテキスタイル生産の仕組みを協働でつくる。Design for Meaning, Design for Making, Design for Sharingの三段階で分けていたが、なんと彼女は日本に留学して杉浦康平の教え子でもあるそうで、「この研究はすべて杉浦先生の影響」と言い切っていた。たしかに伝統的な文様がなぜそんな形をしているのかを読み解き、その意味に着目して自分たちの文化として育てていこうとするのは杉浦哲学に通じるものがある。彼女の取り組みを知り、出会えたのがPCD最大の収穫だった。香港のYanki LeeシンガポールのNanciとアジアにも尊敬できるアクティビストが何人もいることを知ると、やる気が湧く。

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カンファレンスのパーティ。こういうヨーロッパ的な食事会は気後れしがちだが、幸いにも去年の友人達のお陰で楽しく過ごすことができた。でも時差ボケで夕方はもう頭が働いてなかったのは残念だ・・・。

 

というわけで、まとめ。

デンマークだけでなくて、昨年フィンランドスウェーデン、ベルギーなどの各地で出会った研究者達は自分の実践を発表して熱く議論していて、みんなこの分野のフロントランナーだったんだな、気付かされる。

そしてCoDesignの潮流は南半球にもかなり広がっていて、多くの興味深い事例を知ることが出来たが、こういう議論の場から日本が取り残されているのはやっぱり切ない。日本でもCoDesignに関心持っている人がとても増えているのだが、外国の事例を輸入するだけでなく、我々の活動ももっと他国に出して貢献することを意識しなきゃと思わされた。

 

夏に見た風景2016

あちこち移動していたら、いつの間にか夏が終わってしまった・・・

ブログ書く暇もなかったけど、いろいろ記憶に残るヴィジュアルを見たのでメモ。

 

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八月某日。千葉の九十九里浜。太平洋は波が高かった。遠浅の海面が鏡のように反射してほんのちょっとだけウユニ塩湖っぽい。

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八月某日。参加型デザインの国際会議で訪れたデンマーク第二の街、オーフスにあるDOKK1という豪華な図書館。

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オーフスは建築に力を入れている街だそうで、街中が謎建築ばかりだ。

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八月某日。無人島の阿久根大島(鹿児島県)。子供の頃の自分と同じように、興味津々で鹿に近づく息子の姿を見ているとなんとも言えない気持ちになる。

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薩摩川内駅の自由通路、つんひろば。このパブリックスペースは全部が水戸岡鋭治デザインで、オリジナルな遊具が子供達に大人気だ。素晴らしかった。

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九月某日。北海道歌志内市のかもい岳山頂。三大学合同合宿の中、朝5時に起きて自転車で30分登山した。ちょっと天気は悪かったけど、見事な雲海を拝むことが出来て心が洗われた。

 

後期ももうすぐだ。

 

 

第9回全高情研・全国大会に協力しました

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第9回全国高等学校情報教育研究会の全国大会のサインデザインに上平研究室が協力しました。

このイベントは日本中の情報の先生達が何百人も集まって教科のありかたや授業の方法、題材などを議論するもので、専修大生田キャンパス10号館(僕の居室があるところでもある)が大会の会場になったことで、学部経由でデザインに対する協力要請があったという次第です。

 

ロゴデザイン=上平

パネルデザイン=望月君(4年)

パネル制作=小笠原君(4年)

 

看板やネームプレートなど、あちこちで自分のつくった大会ロゴが展開されているのは嬉しいものです。この大会ロゴは、「ネッカーの立方体」の錯視図形のように焦点化する人の側の見方によって違う形が見えるというもの。あっち向いたりこっち向いたりするけど、図自体は何も変わらないことが面白いところです。

対話によって解釈の違いに気付くように、それぞれの視点を共有しあう研究会になることを願った・・・というもっともらしいコンセプトを語りましたが、勿論後付けです。情報だからパキパキしたアルゴリズム的なものがよかろう、というあたりから考えてます。(制作時間は3時間ぐらいかな)

 

大会の前日には、大学が提供する関連イベントとして。「情報」と「デザイン」の動向の講演とカードゲームを用いたワークショップを実施しました。高校の先生方と濃い議論できて楽しい時間でした。

 

 

 

6年前の学生との対談記事を発掘した

とあるきっかけがあって、過去メールを漁っていたところ、2010年に学生達が学部に関する本、通称「ネガク本」を作っていた際の原稿を見つけた。当時4年生だった坂本さん(NE19)と僕の対談を、当時2年生だった沢畠君(NE21)が原稿にまとめたもの。随分昔のようで、とても懐かしい。残念ながら学生が入れ替わってしまってこの本は完成することなくお蔵入りになってしまったが、もったいない気もするのでここで公開してしまうことにする。

 

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社会につながるデザイン


上平先生は、ネットワーク情報学部ができて4 年目に着任され、栗芝先生とともに、コンテンツデザインコースの基礎作りをはじめ、プロジェクト発表会のスタイルの確立など、現在のネットワーク情報学部の姿に大きな影響を与えた。
 坂本さんはコンテンツデザインコースで学び、上平研究室で卒業制作を履修し、図書館司書の資格をとるなど充実した大学生活を送った。授業への取り組みから、現在社会におけるデザインの役割まで、上平先生の信念を存分に語っていただいた。


学生にブログを書かせる意図


坂本: 先生は総合演習の授業内で、ブログをリマインダ代わりにしていましたよね。毎週、作業記録を書かせていた意味からお話をお伺いしたいと思います。

上平: 書かせないと先週のことすら忘れてしまう、という単純な理由によるんですけど、もっと大事なこととして、ブログを書くことで個人の中で内省が起こり、モヤモヤしたことがまとまってくる、という点があります。言語化して外に出すことで、初めて自分が何を考えているかが明確になってくる、ということですね。まあ、その辺はなかなか学生に伝わりません。でも毎週ルールとして書かせることで、その時には嫌々ながらでも、演習が終わった頃に貯まったログを見返して「あ、そうだったのか」と意味が見えてきたりするのが面白いと思います。
 ただ、脅して無理矢理書かすことはあまり効果がないんですよね。だから例えば、僕が面白いと思った個人ブログから数行抜粋して授業の最初にスライドで紹介するようにしたんです。そうすると不思議と名言のように見えてくる。他にも『作業記録』という名前だからつまらないのかも、ということで『活動×思考の記録』という名前に変えたりと、小さな工夫を色々したらみんなちょっとずつ自分の考えを書いてくれるようになりました。


坂本: 人のブログをみて、自分のブログを書く意識を持つようになったところはありますね。

上平: 一手間かけてスクリーンで共有しただけで、だんだんみんなのブログの記述内容が自然に上がっていったのが面白かった。書かせることは強制ではありますが、自然に書きたい気持ちになる仕組みを作るということは常に意識しています。そして、こまめに日常考えていることを書き出すことを繰り返すことによって、後から時間差で意味が繋がってくるんじゃないかなと思っています。

 


課題の再提出を受け入れる理由

坂本: 主にグラフィックデザインの講義などについてなんですが、先生は課題の再提出を受け入れてくれますが、その理由はなんでしょうか。

上平: それはただ点数付けるためだけに課題を出しているわけじゃないからですね。1 回でできる人もいるし、できない人もいます。課題のポイントをうまく見つけられない時は誰でもあります。それでも学生なんだから、失敗しながら結果的にできてくれればいいのです。講評の際に他の学生が出した解と比較して、「ああ、そういうふうにも解釈できるのか」と自分の視点の狭さに気づかされるわけですよ。そこで悔しいと思ったら、もうちょい自分で納得のいくものになるように挑戦する機会は常に開いておきたいと思っています。課題は期限内に出してそこで終わりということじゃなく、自分で考え始めるきっかけなわけですし、失敗を成長に繋げて発想や表現スキルが上がってくれるといいな、と思ってます。

坂本: 小テストを返却してもらえないこともあるので、自分がどこでつまずいたのかとかわからないことがあるんですよね。

上平: 僕はむしろつまずきにこそ重点を置きたい。やっぱり最初からできる人はいないんですよ。学ぶことで変わっていくことができる人、その人達を何とかして加速させたいと思っているんです。

講義中は意識的に、なるべく寝かせないように環境の変化を増やしたりもしているんですよ。時間を有効に使うためにスライドは使わざるを得ないけど、電気をこまめにつけたり消したり、間に映像を見せたり…。集中力を切らさないような仕組みは心がけていますね。


敏感な感覚を培うには

坂本: 上平先生はフォントのわずかな違いなどを敏感に感じ取られるとお聞きしますが、そういった感覚、知識をどういったところで培ったのでしょうか。また、学生はそういった感覚を持っていないと指摘されることがあるのですが、それについてどうお考えでしょうか。

上平: 音楽と同じようなものでしょうね。最初はただ聞くだけだけど、やってみることでだんだん音の違いが聞き分けられるようになっていって、それを通して自分が出せる音の幅広さにつながっていくわけです。細かい判別能力ってのは基本的に全部そうだと思いますよ。
どうやって身に付けたかということは、うーん、こまめに気をつけて勉強したということしか言えないですね。質のいい書体ってやっぱきれいで、見ているうち、使っているうちに、息をのむほど美しいな、という感覚が分かるようになるんですよ。書体の良さが分かったら次は組み方ですね。書体は強いて言えば料理の素材のようなもので、大事なことはそれをグラフィックス全体、要するにどういう料理の中でどんな風に使うかです。ベテランのタイポグラファー達は、グラフィックスの全体とのバランスを調整しながら、0.1 mm以下の単位で大きさや字間を調整したりしています。
 そういうところにも大変デリケートに気を使ってつくられているんだ、と自分で違いを分かったということは、ちょっと観察眼が上がったということでもあります。
 多くの若者達がそういった違いを気にしないということは感じますね。機械が支援してくれることで、わざわざ敏感になる必要がないわけだから。


坂本: やっぱり感覚を鍛えるには勉強しかないんですかね。

上平: 勉強というか細かく見ることですね。グラフィックデザイナーは色も見ただけでRGB やCMYK をだいたい当てられるんですよ。それは才能じゃなく職人的技術で、やれば誰だってできるんです。
 
繊細な感覚を持つ、というのは深い問題です。今年の2年生の演習のオリエンテーションの時に、折り紙を配って鶴を折らせたんです。「丁寧につくってね」と前置きして。そしたら普段必要がないせいか、丁寧という感覚を持ち合わせてない学生が多いんです。これは器用か不器用かという問題ではない気がします。折り紙の角をピシッと揃えることを気にしないということは、呼吸を止めて指先の力の入れ具合を微妙に調整する身体感覚や、揃えることが気持ちいいという大事なことまで意識がいかないということでしょう。折り方さえ分かれば折れるだろうというぐらいの感覚で折っちゃうから、角を合わせるという大事なプロセスに手を抜いてしまう。あくまで鶴はほんの小さな例だけど、そういうことが生活のあらゆるところで積み重なっていくと、何世代か後の人間はどうなっていくんだろうな、と色々と考えさせられます。
 でも、実は彼らも無意識の中では知っているんですよ。人間の感覚は自分で思っている以上に敏感なんです。いい紙を使っている本を持ったら、なんかよく分からないけどドキッと一瞬身体が反応しない?

坂本: わかります!自分の中に眠っている感覚に気づいたとき、それをどう伸ばしていくかがポイントなわけですね。


社会や地域とデザイン


坂本: 研究室で私が取り組んでいる病院の問題もそうですけど、上平先生は最近、医療や農業など、社会や地域の問題に直接関わるような研究テーマに取り組んでおられますよね。こうした社会や地域の問題に対して、デザインが果たすべき役割についてどのように考えておられますか?

上平: 僕自身も最近いろいろと考えることがあって、少しでも社会性がある問題に取り組もうとしています。ちょっと前の自分からからするととても大きな変化です。それは時代の変化が大きいと思います。自分の型だけを信じて同じことを繰り返していると、いつの間にかリアルな問題から取り残されていくんですよ。毎日の生活は変わっているのですから、刻々と問題も変わりますし、そこで必要なデザインも変わっていきます。デザインは本来人の生活をより良くしていく力、人を笑顔にする力があるんです。

ちょっと前の話題なのですが、デザインは富裕層向けのものに成り下がってないか、という問題提起をする展示会がニューヨークでありました。世界の人口のうち、おおよそ10%しかデザインという概念の恩恵を得ていない、残り90%の発展途上国の人々や除外されているような人々に対してデザインがやれることはたくさんあるんじゃないか、という指摘です。そういう動きからも分かるように、問題だらけで疲弊したこの現実の社会をちょっとでもいい方向に変え、人々を勇気づけるために、デザインの役割、そして自分の役割を捉え直そう、というのが今の多くのデザイナーが感じ始めたことです。

そこで普通の人々でもものづくりができるような仕組み、いわばデザインのためのデザインをするような考え方や方法が模索され始めています。学生達は残念ながらあんまり気づいていませんよね。社会が変わるとは思っていないでしょ?

坂本: やっぱり私たちは社会を知らないんですよね。外と関わるのってアルバイト先くらいしか無くて、社会人になるまで距離があるんですよね…。

上平: そこに対して学生の目が向いてないのは仕方ないでしょう。僕も若い頃はまったく分からなかったし。視野の広さは経験を通して少しずつ獲得していくものだと思います。なにかしらの物事が良くなるように変えていくのがデザインの役割のひとつだと考えると、世の中にはいろんな可能性があって、ちょっと立ち位置を変えれば、いろんな問題が見えてくるし、やれることはいくらでもあるはずです。そしてデザインの良し悪しを決めるのは結局専門家でもなくて、一般の社会の人々なんです。
 そんなわけで、この頃デザインとは何かと問い直した結果、社会の中に上平研なり僕なりを位置づけして、僕に出来ることとバランスを取りながら実践的にやって行こうと思ったわけですね。大学の研究室という変わった立ち位置だからこそ出来ることがきっとあるだろうと。自分達だけのコミュニティの中で閉じるのではなく、どんなに弱くてもいいので、社会に働きかけるようなシュートを打ってみようと思っています。


情報学部でデザインを教えることのむずかしさ

坂本: 先生はデザインが専門ですが、あえてネットワーク情報学部のように、美術以外の領域と融合した学部の教育を行っておられます。美術系ではない学部で教えることの難しさや、逆に面白さはどういうところにありますか?

上平: 以前は美術系の大学で教えていたんです。でも、情報デザインという分野は非常に学際的で、プログラミングだって心理学や認知科学の知識だって必要だし、美術という表現の枠組みで捉えることに一種の限界も感じていました。
 僕が情報学部での教育に関心を持ったのは、CM プランナーだった佐藤雅彦さんが2000 年頃から慶応SFC で展開していた教育がきっかけだったように思います。佐藤雅彦研究室が生み出していた表現はそれはもう画期的で、従来の美術という枠組みを取っ払った上でのクリエイティビティがあることを痛感しました。
 情報学部のようないろんな専門が集まる潮目にこそ、今の時代は本当の意味でのデザインが宿るんじゃないかと思って僕はここにいるわけです。時代は流れてきましたけど、だいたい当時の読みは正しかったと思います。

 今はビジネス系大学院でもデザインの教育がすごく行われているんですよ。デザイン的に考えるということは、デザイナーではなくてもイノベーションを生むために大事だというのが世界的に認められるようになってきました。そういう中で、本流じゃないところで一般の学生に分かるように必死に噛み砕いて言語化しながらデザイン教育に取り組んできたということが、意外なことに他の大学の先生から評価してもらったんですよね。そんなわけで分野を先導しているような方々と「情報デザインフォーラム」というコミュニティを作ったりもしましたが、自分がそこに貢献できているかはわかりません (笑)

坂本: わかんないんですか( 笑)

上平: 学部も学生の質もずっと変わり続けているわけですし、常に試行錯誤で悩み通しですね。でも、特にNS(ネットワークシステム)系の人に多いんですよ。最初はプログラマになりたくて入ったけれど、やっているうちにアプリケーションを作るためにはデザインが必要だということが少しずつ分かってくる、というのが。CD(コンテンツデザイン) コースの学生が居ることによって、プロジェクト等を通して学んでいることが大きいと思う。
 逆にCD コースの学生にもシステム設計的な部分から学べることは学んでほしいですよね。そういうところで融合している学部というのはすごく意味があって、分野を越境して知識を学生達が主体的にプロジェクトに活かしているのは、すごくいいことだと思います。

坂本: 2年生の演習『呼吸する文庫』では本を共有するサービスをデザインするために図書館でフィールドワークをしましたよね。あれはすごく面白かったです。

上平: 観察してみれば、いろんなことに気付きますよね。デザインする前には、デザインしようとしている問題をよく理解しなきゃいけない。利用する現場に行って問題や状況をよく理解して抽象化し、ヒントを見つけてコンセプトを構築して具体化していって詳細化していきます。デザインはインスピレーションで進めるものじゃなくて、こういったプロセスがあるんですよ。そういう手間暇をかけないで、ただテーマを与えられても自分の事にしづらいわけです。面倒くさくても色々なところをみて問題を掴み取っていくのがすごく大事なんです。食べた物が消化されて自分の身体になっていくのと同じように、何かをデザインする場合は自分がインプットしたことが源泉です。


 普通の授業みたいに、「はい、じゃあ考えて」って感じでいきなりその場でアイデアだけをひねりださせようとしても、いいものがでるわけがないし、そもそも問題に対してまっすぐ向き合おうというパワーは生まれない。学生達の学んでいる姿に立ち会いながら、僕はそのことにすごく気づかされました。デザインの能力は自分の経験が変換されているにすぎない。出発点としての現場から問題を見つけた経験こそが、課題に立ち向かうモチベーションとしても重要なんだな、ってことを思いましたね。
(2010年11月12日)

 

 


編集後記(担当 澤畠)

 上平先生というとこれまでは、デザインの先生、フォントに詳しい先生、というイメージしかもっていなかった。でも、先生の出す課題はとても面白いものばかりで、やっていて面白いといつも思っていた。しかしそれらの課題には必ず先生の意図があり、その意図が僕たち学生を成長させていることが、今回話をお聞きしてよくわかった。
 デザインという立場から、社会に対して出来ることをやっていこうという先生の考えのように、学生である僕も、自分に出来ることからやっていこうと思う。

 

 

卒業演習の中間発表

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7/30に学部内で4年生卒業演習の発表会が行われました。上平研究室からも12名が発表しました。

毎年の指導はかなり大変ですが、学生達が自分なりの問いを立てて人前で発表できるようにすることは、学校教育課程の最後の年を担当する教員の使命でもありますので、体力の続く限りは向き合いたいところです。

 

ちなみに本年度の上平研のテーマは以下のような感じです。

 

グラフィックデザイン関連
ペーパーフォールディング技法を用いた立体インフォグラフィックスの試作
文字のフォルムを利用したアブストラクトフォト制作とその撮影装置の試作
星空の詩情性を喚起させるヴィジュアル表現の研究


岡本太郎美術館との連携
住民参加型アートプロジェクトにおけるプロモーション施策の多角的検討
ワークショップのアーカイブ作成のための画面フォーマットシステムの提案


NPO Collableとの連携
視覚障害者と健常者が共に体験できる統計情報コンテンツのデザイン実験

■学習関連
プログラミング的な考え方へ導入するための中学生向けテーブルゲーム制作
協調的な学びあいに着目したグラフィックファシリテーションのサポートツールの開発

■参加型デザイン関連
サポーターのサッカー批評文化醸成のためのデータビジュアリゼーションの活用
高校生と大学生のコミュニケーションを創出するための統合型デザインの研究(1)
高校生と大学生のコミュニケーションを創出するための統合型デザインの研究(2)
高校生と大学生のコミュニケーションを創出するための統合型デザインの研究(3)

 

今年も夏休みには北海道情報大安田ゼミ・千葉工大安藤研究室・専修大上平研究室の三大学合同合宿研究発表会として北海道へ遠征予定です。